第20話 影の契約
――光の門をくぐった先。
世界が、音を失っていた。
風もなく、空もなく、ただ星の残光だけが、薄く漂っている。
エイラはゆっくりと足を踏み出した。
足元は光の線でできた大地。だがそれも確かではなく、歩くたびに波紋のように揺らめいた。
「……ここは……?」
周囲を見渡すと、中央に巨大な台座があった。
その表面には、古いアヴィアン文字が螺旋を描くように刻まれ、淡い光を放っている。
まるで、その中心に“何か”が眠っているかのように――。
その時、声がした。
「ようやく来たのね、もう一人の巫女。」
反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、白く輝く羽を持つ少女。
エイラとほとんど同じ年頃。けれど、その片翼は黒く染まり、目の奥には深い夜のような光が宿っていた。
「あなたは……」
「私はセリス。
あなたと同じ、“星に選ばれた者”。
けれど、選ばれた理由は違う。」
セリスは静かに台座に手をかざした。
すると、封印文字が淡く脈打つ。
「この世界は、もう壊れ始めている。
アヴィアの循環は途絶え、空と地の秩序は崩壊した。
再び満たすには――“終わり”が必要なの。」
「終わり……?」
エイラは息を呑む。
「そんなの、間違ってる!
壊してどうするの? 繋がなきゃ、また同じことを繰り返すだけだよ!」
セリスはかすかに笑った。
それは悲しげで、どこか諦めを含んだ笑みだった。
「あなたは“まだ何も知らない”から、そう言えるの。
この世界は何度も生まれ変わり、そのたびに壊された。
光が救おうとするたび、影が苦しみを背負う。
だから――私は、光を終わらせる。」
その瞬間、台座の光が黒く染まりはじめた。
風が渦を巻き、闇の羽根が空へ舞う。
セリスの足元に、無数の影が現れる。
狭間で見た“忘れられた存在たち”――その残響だった。
「やめて!」
エイラが駆け寄るが、黒い風が彼女を押し返す。
セリスは目を閉じ、低く呟いた。
「我、影の継承者と契りを結ぶ。
世界を均衡へ還すため、その片翼を捧げる――」
ぱん、と音がして、黒い印がセリスの胸元に刻まれた。
その瞬間、台座の封印が砕け、眩い光とともに黒い波動が空へ解き放たれる。
「セリスッ!」
エイラは必死に手を伸ばす。だが、光と影の衝突が生まれ、距離は無限に遠ざかる。
セリスの片翼が完全に黒へ染まり、彼女の瞳が深淵の色に変わる。
「あなたが光を継ぐなら、私は影を継ぐ。
それでいい。これが、二人の巫女の役割。」
「そんな……!」
エイラは叫ぶ。
だが、風が、台座が、世界そのものが悲鳴を上げるように揺らぎ始めた。
裂けた空の向こうで、星々が軋む音が響く。
封印がほどけ、王都ルミナ=ネフェイルの空に亀裂が走る。
地上では、風の流れが狂い、森が悲鳴を上げていた。
“星の咆哮”。
それは、長く封じられていた天の力が目覚める音。
「セリス……やめて……!」
「あなたは、優しすぎる。
でも、優しさだけでは救えない。
私は、あなたとは違う道を行く。」
セリスが背を向けた瞬間、光の亀裂が走り、エイラの足元の大地が崩れ落ちる。
「――っ!」
落ちゆくエイラの身体を、白い光が包み込んだ。
次の瞬間、彼女の姿は光の回廊の中に吸い込まれていった。
残されたセリスは、ただ静かに空を仰ぐ。
黒い羽が一枚、彼女の肩からはらりと落ちた。
「光が再び星を求めるなら――私はその影となろう。
世界を“静寂”へ還すために。」
空の中心で、光と影が対をなす。
その日、空は二つに裂けた。
一つは希望を灯す風。
一つは終焉を誓う影。
そして――
物語は、次の夜明けへと続く。
✦ 次回予告
第21話「崩壊の王都」
――ルミナ=ネフェイルに走る裂け目が、王都全体を揺るがす。
エイラは再び地上に落ち、風と影の戦いが幕を開ける。




