第17話「記憶の門、風の導き」
都市の奥に響いた鈍い音は、静寂を破る鐘のようにエイラの鼓膜を震わせた。
彼女の名を、いや“空の巫女”の名を告げた瞬間、風が都市のあらゆる隙間を駆け抜けたのだ。
白銀の兵は、しばし彼女を見つめていたが、やがて槍をゆっくりと下げた。
「……その名を語る資格があるかどうか、見定める者がいる」
「見定める……?」
「ついて来い。巫女の名を持つなら、開かれるべき門がある」
兵士は踵を返し、無言のまま石造りの回廊を進み始めた。
エイラはその背中に続く。静けさがなお続く都市の中で、唯一動く彼の足音だけが、旅の現実味を支えていた。
階段を二度、橋を一つ、広場をひとつ越えた先に、古びた扉があった。
その前には、半月を描いたような白い紋章と、星型の溝が刻まれていた。
「ここは“記憶の門”。かつて巫女たちが通った場所だ」
兵は扉の前に立つと、そっと脇へ身を引いた。
「お前の意志で開け。巫女として、真実を受け継ぐというのならな」
エイラは無言で一歩、前に出た。
扉に刻まれた溝に、胸のペンダントが淡く反応する。
彼女がペンダントを差し出すと、まるでそれに呼応するように、扉全体が静かに光を帯び始めた。
光は回転し、風が渦を巻いた。
そして――
重く、深く、響く音とともに、門は開いた。
その先に広がる空間は、まるで星々の記憶を写した天球儀の中にいるかのようだった。
壁面には古代のアヴィアン文字が刻まれ、天井には無数の小さな光が浮遊している。
その中央には、一人の女性の幻影が浮かんでいた。
淡い金の翼、静かなまなざし。
彼女はエイラに似ていた。だがその雰囲気は、もっと深く、もっと――重い。
「……これは、幻視?」
幻影の巫女が、ゆっくりと口を開く。
「継がれし風よ。よくぞ、ここまで辿り着いた。
我ら空の巫女は、代々この地で記憶を繋ぎ、風の名を守り続けてきた」
「あなたは……誰?」
「私はラメリア。最後から二代前の巫女。
星の終末を予見し、封印を遺した者」
エイラは胸の鼓動が速くなるのを感じた。
目の前の存在は、明らかにただの映像ではない。
何か、魂のかけらのようなものが、そこに“在る”。
「ラメリア……私のこと、知ってるの?」
「お前が継承の候補として生まれることは、かつて記された。
星の傷が再び疼くとき、空と地を繋ぐ風が必要になる――それが、お前だ」
(……そんな……)
エイラは小さく震えた。
自分が、運命に組み込まれていた存在だということ。
選ばれたのではなく、“計画されていた”存在かもしれないという可能性。
> 「だが忘れるな、選ばれしというのは“意志”のことだ。
生まれに意味はない。歩んだ道こそが、お前を巫女にする」
ラメリアの幻影が、ふわりと舞う。
その周囲の星々が流れ始め、空間全体が変容する。
そこには、アヴィアンの王たちの姿。
地上の獣人たち、天空神殿、そして“封じられた星の遺跡”が次々に映し出された。
> 「この地に眠る〈風の記憶〉を、お前に託す。
そして、次なる地――〈星の回廊〉へ進むがよい」
映像が収束し、幻影が消える。
星のように輝いていた小さな光たちが、そっとエイラの肩に降りてきた。
そのすべてが、彼女の胸に宿るペンダントへと吸い込まれていく。
静寂が戻る。
だが、先ほどまでの“ただの静けさ”ではない。
この都市は、エイラの訪れによって確かに目覚めた。
扉の外で待っていた白銀の兵が、静かに頭を下げる。
「……空は、再び動き出す。そう、感じたよ」
その言葉を背に、エイラは再び空を見上げた。
王都の空はまだ深く、まだ閉じていたが――
その風は、かすかに吹き始めていた。




