第14話 地の記憶、封じられた裂片(レツペン)
双月の門を越えたその先には、誰の地図にも記されていない……“記憶の谷”があった。
それは、風さえも息を潜めるような静寂の空間。
時間が凝固したように、そこだけが“何か”に守られている気配があった。
「ここは……?」
「地の伝承では、“禁域”とされている場所だ。選ばれた者しか入れない……はずだったが」
ライアスの声にも、かすかな戸惑いが混じる。
それもそのはず。道なき岩場を越えた先に現れたこの谷は、外界から完全に遮断されていた。自然の防壁では説明できぬ“結界”のようなものが漂っていたのだ。
けれど……エイラの胸にあるペンダントだけは、谷に呼応するように穏やかに光を放っていた。
「……ここは、私の記憶とつながってる」
そう、確かに彼女は知っていた。
ここが“空と地が最後に分かたれた場所”であり、星の記憶の断片が眠る場所であることを。
彫られた封印
谷の中央には、高さ数メートルはあろうかという石の列柱が並び、その一本一本に獣の爪痕、鳥の羽根模様、火や水、風の意匠が刻まれていた。
その中でひときわ古びた柱に、エイラの視線が引き寄せられる。
(この柱……だけ、誰にも触れられていない)
そう思った瞬間、ペンダントの光が柱を照らし出した。
すると、石の表面に新たな文様が浮かび上がる。
「星の巫女、ここに記す。交わりは失われ、記憶は裂けた。だが、いつの日か“風を継ぐ者”が来ると信じて、我らは最後の声を刻む」
それは、エイラの血の奥で反響するような言葉だった。
そして、次の瞬間……柱の前に、まるで空気を切り裂くように“影”が立ち現れた。
幻影の巫女
それは、かつての空の巫女。
しかしエイラが今まで出会ったどの幻よりも、彼女は悲しみに満ちた目をしていた。
「この記憶を辿る者よ……汝は何を求め、ここに立つ?」
「私は……星の声に導かれて。空と地の断絶を、元に戻すために」
「ならば見よ。これが、かつて巫女が犯した“最初の誤ち”」
幻影が手を広げると、谷全体が白く発光し、エイラとライアスは時の記憶に呑み込まれた。
裂かれた契り
彼女たちが見たのは……空と地の巫女、そしてそれを囲む五つの種族の代表たち。
「星の力を均等に分けようというのは、理想に過ぎぬ!」
「地は飢えている。空が先に潤いすぎたのだ!」
「空は……空は、地を見下ろしたことなどない!」
「ならばその証を、今ここで見せてみよ!」
激しい言葉。互いの不信。
そのどれもが、少しずつ、静かに、亀裂を広げていった。
やがて空の巫女が一歩踏み出し、地の巫女に手を差し伸べる……だがその瞬間、地の巫女の背後から何者かが剣を振るい、契りの刻印が燃え尽きる。
「この手は……!」
「契りを交わした者が裏切ったのではない。交わりそのものを恐れた者が、陰から裂いたのだ」
エイラは気づく。
それは“巫女の失敗”ではなく、“誰かの意図された妨害”だったことを。
風を継ぐ者として
幻影が消え、谷に戻ったエイラは、強く息を吐いた。
「……繰り返しちゃいけない。どんなに傷ついても、手を伸ばし続けなきゃ」
「空と地は交わるべきだった。その可能性を、何者かが恐れた。それが……“星の力の真実”なのか?」
ライアスの声にも、怒りではなく哀しみがあった。
エイラは手を掲げ、空を仰いだ。
星は、まだ完全に隠れてはいなかった。
「風はまだ生きている。私は……“継ぐ者”として、それを未来へ運ぶ」
その言葉に、谷の中心に一陣の風が巻き起こり、全ての柱が柔らかく鳴った。
かつて誓いが交わされた場所で……エイラは、未来への風を受け止めた。




