第12話 交わりなき地にて
風が流れていた。沈黙の森を越え、ついに視界が開ける。
前方に広がるのは、平原とも高地ともつかぬ、まばらな丘と風の道が交錯する大地……
オリヴィア高原。
ここは、かつて空と地が手を取り合い、星の力の分配と共存を約した“盟約の地”。
それゆえに、今では誰も寄りつかぬ“無主の領域”となっていた。
「ここが……中心の地……」
エイラは、空から舞い降りた。翼をたたみ、大地に足をつける。
風はあった。けれど、どこか不安定で、漂う霧のような寂しさがあった。
空白の碑
高原の中央には、崩れかけた円形の祭壇があった。
石は風に削られ、中心に刻まれていたはずの紋章は、ほとんど読み取れない。
それでも……エイラのペンダントは再び輝き、碑文の欠片を照らし出した。
「ここに記す。空はすべての者に開かれ、地はその命を支え、星は等しく力を与える」 「この言葉を忘れるな。分断を忘れるな。交わりなき未来を選ぶな」
淡く光るその文言は、エイラの胸に重く響いた。
(分断を……選ぶな)
かつての誓い。それは、空と大地、獣と鳥、火と水とを隔てぬようにと記されたもの。
けれど、現実は……すでにその逆をたどっている。
幻視:最後の盟約
ペンダントの光が強まり、エイラの視界が揺れる。
(また……これは、“星の声”?)
風が巻き起こり、光が渦を巻いた。視界が白く染まると、そこには……
過去の映像が、幻のように浮かび上がっていた。
石造りの祭壇に集う、さまざまな姿の者たち。
空の王族、地の将軍、水の巫女、炎の民。異なる種族が、ひとつの環の中にいた。
「星の力は、誰かひとつのものではない」
「だからこそ、争うな。力を巡る争いこそが、空を濁らせる」
そう語っていたのは、一人の白翼の巫女。その姿は、エイラとよく似ていた。
(……これは……私?)
だが幻は続く。やがて壇上に黒い翼の者が現れ、言い放った。
「だが、分け合うだけでは、我らは生き延びられぬ!
他種族に屈するのならば、力は力として取り戻すべきだ!」
怒号と裂ける空。
星の光は濁り、交わりの輪は砕けた――そして幻は、そこで途切れた。
寂寥の地
気づけば、祭壇の前に立つエイラの頬には、一筋の涙が伝っていた。
「……あれが、最後の“交わり”だったの?」
彼女は地に膝をつき、拳を握った。
(何が正しくて、何が間違っていたの?)
その問いに答える者はいない。
ただ、どこからか風が吹き、枯れた草を揺らした。
地を歩く者
そのときだった。石の向こうから、乾いた足音が響いた。
「空の民が、ここを訪れるとは珍しい」
現れたのは、黒いマントを羽織った若い男――鋭い耳と獣の尾を持つ、明らかに“地の種族”の者だった。
「お前は……?」
「俺の名はライアス。獣人連合・地の牙の探索者だ。
お前の姿を見て、昔の話を思い出したんだよ。空の巫女が交わりの地に現れるってな」
「昔の話……?」
ライアスは祭壇を見下ろし、静かに言った。
「ここはもう、誰の地でもない。けどな……この地が生きてた頃のこと、俺の母が教えてくれた。
空と地が手を取り合ってた時代が、本当にあったって」
エイラはその言葉に、顔を上げた。
「なら……また、そうなれるかな?」
ライアスは肩をすくめた。
「そう願って来たんだろ? 空の巫女さん」
彼の言葉に、エイラの胸が少しだけ軽くなる。
たった一人でも、まだ“信じる者”がいた――そのことが、何よりの希望だった。
空の兆し
その夜、祭壇の上空に、星が一つだけ瞬いていた。
濁った空のはずなのに、その光ははっきりと彼女を照らしていた。
「ありがとう、星の声」
エイラは空を見上げた。
彼女はまだ、自分が“空の巫女”として選ばれた理由を知らない。
だが、歩くべき道だけは、確かにここにあると感じていた。




