第18話 その彼氏、元ノラ猫につき。
彼氏が元猫だなんて、誰が信じる? でも、その秘密が明らかになったとき、私たちの関係は新たな一歩を踏み出した――のかも? 笑って泣ける、ちょっぴり奇妙なラブコメディ。さあ、唯と哲也の物語をお楽しみください!
唯はペンダントを手のひらに乗せ、光を見つめていた。哲也が「自分はもともと猫だった」と告白してからというもの、彼女の心は平穏を失っていた。
最初は信じられなかった。だけど、今はその事実を受け入れつつも、心のどこかで迷いが残っている。
ペンダントが見せる哲也の記憶――それは、彼が猫だった頃の記憶だった。公園での寒い夜、雨の中をさまよう姿、ゴミ箱を漁るしぐさ。それらが唯の中に鮮烈に刻まれ、「人間としての哲也」よりも「猫としての哲也」を感じさせるものだった。
唯は深く息を吐いた。
「どうして私にこんなものを渡したの?」
アリサの笑顔が脳裏をよぎる。
「きっと哲也君のことをもっと知りたいと思うからよ」
そう言われたときの、彼女の意味ありげな表情が気にかかっていた。
そんな唯の思考を遮るように、哲也が部屋にやってきた。
「唯、今日はどんなことがあった?」
いつものように気さくな調子で話しかける哲也の姿に、唯は微妙な胸の痛みを覚えた。
「哲也くん……」
唯は小さく口を開く。
「ねえ、本当に隠してることはないの?」
その問いに、哲也の笑顔が一瞬揺らぐ。
「何か気になることでもあったか?」
哲也は努めて平静を装うが、唯は真っ直ぐ彼の目を見つめた。
「このペンダントが見せるの、哲也が猫だった頃の記憶だよね?」
哲也は答えずに視線をそらす。それが答えのように思えた。
「正直に言って、まだ慣れてないんだ。哲也くんが猫だったこと、受け入れてるつもりだけど……それだけじゃなくて、きっとまだ何か隠してる気がして」
哲也はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「唯ちゃん、俺が猫だったってことだけで済むならいいんだけど……実はもう1つ、大事なことがあるんだ」
唯は息を飲んだ。
「何……?」
「俺が……人間の姿を保てるのには限界があるかもしれない。もしその時が来たら……また猫に戻るかもしれないんだ」
唯は言葉を失った。これまで信じてきた「普通の人間としての哲也」が、消えるかもしれない。
「そんな……」
「だから、俺がこうして人間でいられる間に、精一杯お前と一緒にいたいと思ってる」
哲也は静かに唯の手を握る。
「けど、もし俺が猫に戻ったら、その時は――」
「待って!」
唯は突然彼の言葉を遮った。
「そんなの、考えたくないよ! 哲也が猫に戻るとか、絶対に嫌だ!」
哲也は目を見開いた。
「唯ちゃん……」
唯は震える声で続けた。
「だって、私は今の哲也くんが好きなの! 猫でも人間でも関係ないって思いたいけど……私はこのままの哲也くんと一緒にいたい。それがだめなら、どうすればいいの?」
哲也は苦笑いしながら彼女の手を軽く握り返す。
「唯ちゃん、ありがとう。そう言ってくれるだけで十分だよ。でも、これからのことをちゃんと考えないといけない。俺たち二人のために」
唯はうなずきながらも、不安が胸の奥で膨らんでいくのを感じた。それでも、彼と一緒にいるためなら、何でも乗り越えられるはずだと信じたい。
♦♦♦
唯と哲也の会話は一旦終わり、静かな空気が部屋を包んでいた。だが、どこか気まずい沈黙に耐えかねた唯が、そっと視線を上げて哲也を見た瞬間、彼が思いっきりお腹を押さえて顔をしかめているのに気づいた。
「……ちょっと、どうしたの哲也くん!?」
唯が慌てて駆け寄る。
「いや……その、腹が……減っただけだ……」
哲也は情けない声を絞り出しながら、その場でうずくまる。
唯は呆れたようにため息をついた。
「もう! そんな大事な話をしておきながら、お腹空いたって何よ!」
「だって、唯ちゃんが作ってくれる晩飯、うまいんだもん。こういう時くらい贅沢させてくれよ……」
哲也がふてくされた声でぼそりと言うと、唯の頬がほんのり赤く染まる。
「な、なにそれ……! おだてても何も出ないからね!」
そう言いつつも、唯は台所へ向かい冷蔵庫を覗き込む。食材を物色しながら、哲也の好きなメニューを思い浮かべていた。結局、彼の好物のオムライスを作ることに決めたが、冷蔵庫の奥に見つけた卵が残り1つしかないことに気づく。
「哲也くん、卵が一個しかないんだけど! どうするの?」
唯が台所から声をかける。
「それなら、俺は卵なしでいいよ!」
と返す哲也。しかし、それを聞いた唯はぷっと吹き出した。
「卵なしオムライスって、それただのケチャップライスじゃん! それで満足できるの?」
「いや、唯ちゃんの作ったケチャップライスならそれでも十分うまいと思う!」
哲也が真剣な顔で言うと、唯は思わず笑ってしまった。
「ほんとにバカじゃないの? でも、せっかくだから二人で仲良く半分こするのはどう?」
唯が提案すると、哲也の顔がぱっと明るくなった。
「いいのか? 唯ちゃんが俺のために譲ってくれるなんて……」
「べ、別に哲也くんのためってわけじゃないんだからね! ただ……哲也くんが空腹で倒れられても困るし!」
唯は顔を赤らめながら、慌てて視線を逸らす。
それから10分ほどで、唯は見事なオムライスを作り上げた。皿に盛られたそれは、絶妙なケチャップアートで「哲也LOVE」と描かれている……かに見えたが、実際は「哲也↑猫」と書かれている。哲也はそれを見て大笑いした。
「唯ちゃん、これどういう意味だよ!?」
「だ、だって本当のことでしょ!」
唯が笑いを堪えながら言うと、哲也はふてくされるように顔をそむけたが、口元が緩んでいるのを隠せなかった。
「まったく……お前って、こういうところで意地悪だよな。でも……ありがとな、唯ちゃん。ほんとに美味そうだ」
二人で仲良くオムライスを食べながら、軽口を叩き合うその光景は、先ほどのシリアスな雰囲気を忘れさせるほど、穏やかで幸せな時間だった。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます! 哲也が猫に戻るのか、人間のままでいられるのか…そんな葛藤の中で、唯が彼をどう支えるかを書いていくのはとても楽しい挑戦でした。この物語が、誰かの『ほっこりタイム』になっていれば幸いです。また次の物語でお会いできるのを楽しみにしています!




