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太陽に惑わない(1)


「桧垣、今日一緒に帰れる?」

「うん。あ、委員会があるんだった」

「じゃあそれ終わるまで教室で待ってるわ」

「はあい」


 萩原がさも当然、という顔で話しかけてきたので、近くに座っていた友人二人――奈々実と茜が私をぽかんと見つめている。昼休みの教室はがやがやしていて、私の友人以外は私たちに注目している人はいなかった。


「じゃ、また放課後に」

「うん。サッカーたのしんで」


 おす、と返事をして、彼はにこにこしながらサッカーボールを抱えて教室を出ていく。お昼ごはんは食べたんだろうか、と気になったが、少し運動をしてから食べ始めるんだろう。


 その後ろ姿をぽーっと見送っていると、茜が「なになになになになに」と慌てたように声をかけてきた。


「どうしたの」

「え……何。桧垣、え?」

「今の……すごい仲良い男女のやりとりみたいな……」

「あ、そうだった。萩原とお付き合いすることになったの」

「え!? いつから!? なんで!?」

「二週間くらい前? 好きです付き合ってって言ったらいいよって」


 微妙に文脈は違うけれど、たいした違いではない。仲良しの友だちだからと言って、萩原と私のあいだのあれこれを赤裸々に話すのは萩原に悪いと思った。

 私が萩原を見つめていた時間は長いし、この二人もそれを知っている。結果さえ合っていれば問題はない、はずだ。


 奈々実も茜もぽかんと口を開いている。私がにっこり笑うと、二人ともふにゃりと顔を緩めた。


「いやあ……さすがだわ。ずっと好きだったもんね、よかったねえ」

「えへへー、ありがとう」

「桧垣から告白したってことだよね?」

「まあ、そうなるかもしれない」

「わたしにも桧垣さまさまの勇気と技術をお分けください」


 年上の幼馴染にアピールをし続けているという茜が私の手を求めてきたので、ぎゅっと握り返す。奈々実は恋愛に興味がないので、私たちの様子をパンを食べながら眺めている。


 それにしても技術ってなに、とくすくす笑えば、茜は持っていたお箸を置き、「あのね」と真面目な顔を作った。


「桧垣のそのくすくす笑う感じとか! かわいすぎるんだからね!? 喩えるなら、ふれそうでふれられない家猫……アメリカンショートヘアとかあのへん。顔も猫っぽいし。ふにゃっとしてそうで意外とはきはきしてて、でも甘え上手だからころっと落ちちゃうんだよねえ」

「褒められてるのかなんなのか微妙だなあ……」

「桧垣は恋の駆け引きが上手そうに見える」

「駆け引き? できないできない。萩原が人生初めての恋人だもん」


 私がそう言うと、奈々実は「そうなの? 意外だわ」と驚いている。恋愛経験が豊富そうに見えるのだろうか。中学のときから数えても、気心の知れた男子は一人ふたりほどしかいない。


 萩原と付き合うときのあれこれも、駆け引きなんて高等なものではなかった。

 言うなればあれは、背水の陣、前門の虎後門の狼、つまり、やけくそだ。「どうせ無理だし」という諦めの気持ちも少しあったように思う。

 萩原と付き合えたのは奇跡みたいなものだ。


「また今度颯汰(そうた)くんとのこと話させてねー。そんでアドバイスして」

「奈々実、だってよ」

「私? 桧垣でしょ」

「私もアドバイスとかできないよ。萩原のことしかわかんない」

「萩原のことはわかるんだって! のろけだよのろけ!」


 茜が大げさに言うので、奈々実と二人で笑みをこぼす。いつのまにか奈々実はごはんを食べ終えていたようで、「こんな寒いのに外でサッカーとかよくやるよねー」と校庭の様子を観察している。


 萩原のことはどこに居たって見つけられる。校庭の真ん中でぎゃあぎゃあ騒ぎながら男子たちに小突かれているのが見えて、思わず口元が緩んだ。



 委員会を終えて教室へ戻ると、萩原がなぜか私の席で突っ伏して寝ていた。

 静かに席に近づき、なんとなく萩原を起こさず隣の席に座ってみる。彼は寒いからかネックウォーマーをつけて、ぐっすり眠っていた。

 目を閉じるとまつ毛がちゃんと見えてかわいい。萩原はいつも外で遊んでいるわりには肌が白く、つるつるしている。

 髪に触ったらどんな感触がするんだろうか。ワックスで固めているようだから、かちかちなんだろうか。指先で触ってみれば、おでこのあたりはそこまでがちがちにされてはいなかった。

 見つめたいだけ見つめていると、いきなり萩原が目を覚ました。


「わ」

「うわっ! おれ寝てた!? てか委員会は……いま何時!?」

「まだ委員会終わって十分も経ってないよ。おはよう」

「おはよう……」


 帰ろ、と言って自分の席からかばんを取り、筆記用具を突っ込んだ。彼はまだ眠かったのか、ふわあ、と大きな欠伸をしている。

 一緒に帰るのは何度目かになる。教室で直接声をかけてきたのは今回が初めてで、前回まではメッセージでこっそり誘われた。

 帰り道をともにするとき、なぜか萩原は私にマフラーを巻きたがるので、今日も同じようにマフラーを巻いてもらう。濃紺のマフラーはふわふわしていて、一見すると地味だが手触りがよくてお気に入りのものだ。


 正面玄関で靴を履き替えたところで、萩原が「あ」と声を上げた。


「どうしたの?」

「職員室に用事があるんだった。帰る前に英語のテキスト取りに来いって。……明日でいっか」

「いいよ、ここで待ってるから取りに行きなよ。かばんも預かっとくし」

「マジ? じゃあ一瞬行ってくる」


 やたら大きい長方形をした彼のリュックサックを預かり、手を振ってその背中を見送った。


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