真実は……
まずい……このままでは……。死ぬ……いや、それはいい。よくないが、いい。まずいのは……。
「……これでいい、か。よし。あばよ、名探偵」
「そ、そいつ探偵だったんで?」
「いや、知らん。ちょっと言ってみたかっただけだ。フッ、だがそういうことだ」
「はい? どういうことですかい、アニキ」
「こうして細工しておけば警察、それに世間の連中も勝手にストーリーを作ってくれるだろうよ……」
「真実は闇の中、ですね」
そう、それだ。おれとこの見ず知らずの女を殺し、逃げて行ったあの連中が何者かは知らない。ヤクザか、他国のスパイか、それとも闇の秘密組織……ああ、ほら。おれでさえこうして勝手に想像してしまうものだ。
そう、勝手に……このまま死ねば、ここで起きた事も好き放題、憶測を立てられてしまう。おれはただ巻き込まれただけの一般市民なのに……。
ああ、嫌だ。ちょっと不可解な事件が報道されると虫のように大量発生する名探偵気取りの連中! テレビ、パソコンの前で的外れな推理を、したり顔で披露し悦に浸りやがるんだ……。ああ、そうなるさ。おれとてそういうことをしたことがないとは言い切れない。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。おれは周りの人からどう思われているかなど、死ぬほど気にしてしまう性格なのだ。しかし、本当に死にそうな今であっても他人の評価を気にするとは我ながら呆れた笑いが、と今、口から出るのは血だけだ。
ああ、もう長くはないだろう。この場を離れるのは難しい。ああ、どうすればいい。死ぬ死ぬ死ぬ。ああ、落ち着け。悠長にしていられないが状況確認は大事だ。
深夜。人けのない林の中……そう、おれは女の背を追い、林の中に入ったのだ。別に襲おうとかそんなつもりじゃない。ただ……女が周りを警戒し、林の中に入る様子から何かエロいことが起きる気がして、ついその後をつけてしまったのだ。彼氏と青姦とか……。それを覗く。そう、おれはそういうシチュエーションのAVが好きで、しかしそれはおれの周りの目を気にするというこの性格の裏返しのようなもので、少なからず性癖に影響して、と今その分析はどうでもいい。
とにかく、そこに男がいた。予想が的中し、さあさあおっぱじめるんじゃないかとおれの興奮が最骨頂に達した時に、女はナイフで刺され、おれは後ろから忍び寄ってきたもう一人の男に殴られ、そしておれもまた刺され……。
何かの取引の場であり、それが失敗か元々殺すつもりでおびき寄せたのか何なのか、それを推測する時間も意味もない。
連中はナイフを放り投げたあと、おれの服を全て脱がし、茂みのどこかに捨てたようだ。目的は当然、捜査の撹乱。ほんの一分にも満たないその手間で事件解決が遠のくのなら儲けものと言っていた。いや、最悪の場合、見たそのまま結論に直行するかもしれない。おれが女を殺したと。
ない話じゃない。警察がどこも優秀とは限らないからな。
そうなると、痴情のもつれ……とはならないか。女と交際経験がないおれからすればむしろ名誉なことだが、よく調べればこの女と面識がなかったことくらいはわかるだろう。それに、より凶悪な事件にしたがるはずだ。そう求めているのだ。警察もマスコミも踊らされる世間、全員が。
で、あるならばおれはナイフ片手に強姦しようと女に迫るも失敗し、ナイフを奪われ刺され、また奪いと結果相打ちとなった哀れで醜悪な男の役を担わされることに……。
もし、仮に後に全てが明らかになったとしても、一度そうテレビやネットのニュースで報じられたら大勢の人間はそう認識したまま生活するだろう。そもそもがどうでもいいのだ。いちいち認識を改めない、的外れな推理をした己を自戒しない。(なんなら恥て遠ざける、あるいは真実のほうを偽の情報と疑うだろう)テレビ局も好き勝手報道するだけして、訂正とお詫びはものの数秒程度でまた別のニュースを取り上げバカ踊り、と脱腸。いや、脱線。いや脱腸もした。いよいよまずい。早くしなければ。
この場から離れるのも服を探して着るのも、あそこにあるナイフを隠しに行くことも無理だ。
できることと言えば、ははは、女の手を握ることくらいか? それで純愛に見えるだろうか? 心中に見えたなら少しはマシ……いや、ストーカー殺人扱いされるのがオチか。
片や背の高い、ブロンドの外国人。片や、中肉中背の平均的な……いや、全てが平均以下か。とにかく釣り合わない。しかし、こう、二人横並びで空の月を見上げるようにとか、そういう体勢で死ねばまだ、なんなら……いっそのこと……そうとも、おれは女を抱かずに死ぬのなんて嫌だ。よし、そうしよう……男のロマン。腹上死みたいなもんだ。いや違うか。ああ、なんでもいい。だがやはりそんなことは……ええい、おれは死ぬんだ。それに向こうはもう死んでいるんだ。構いやしないだろう。うまく行けば、交際相手と見られるかもしれん。
「はぁ……はぁ……」
勃起は……おぉ、命の危機、種の保存本能ってやつか。助かる。まずは服を脱がそう。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
薄手のライトグレーのトレンチコート。こいつを捲り上げ……ふぅ、手が震え、力が入らないな。なんとか……よし、次だ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
いいぞ。その下はシースルーの、これはミニのワンピースか? 黒くて、好みだ。しかし、どこかのクラブかなんかの女だろうか。じゃあ、痴情のもつれ。あの男たちは金持ちかヤクザの親分の使いで女を殺し……とどうでもいい。だからおれまで憶測を立ててどうするんだ。立てるのはペニスだけで十分。と、ははは。意外と余裕があるな。だが猶予はない、ない、ない。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
ボディライン。肌にピッチリと……こいつを脱がせるのは少し大変だ……。ええい、破いてしまえ。ああ、力を入れたら視界がおかしくなってきた。急がねば……。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
美しい背中だ……白く、月明かりに照らされ、絵画の裸婦のような……だがしかし、ブラジャーなしに、それと下は黒いスパッツか?
ボディラインを強調するためか、それともそう、運動性重視。やはり、彼女は女スパイだったのだろうか。取引失敗。裏切られ、ああ、なんとも可哀想な……どうしてその危険な世界に身を落とすことになったのか。きっと壮絶な生い立ちが……いや、どうでもいいんだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
こいつをずらし、おお、いい尻だぁ……手間かけさせやがって、おお叩くとバチンと良い音が。それにまだぬくもりがある。汗をかいていたのか煌めきも。と、眺めたいが、興奮のせいか、血が余計に、ああ、視界が暗く、よし、さあ、入れるぞ……。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
……よし、ここか?
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、うっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
キツい……ああ、これが本当に夢にまで見た女の……
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
抱き合う……形のほうが……いいか……もう、いきそうだ……
「はっ、はっ、はっ、はぁ!?」
チ、チンが……これ……女装……なぜ……スパイの……変装……それか……やはり情婦……わからなあ、い、い、い……あぁ、おれは、どんな、想像されてしまうんだ…………