魔王、降臨。
船の中では自由に飛び回れないコハクは状況的に不利だ。
コハクをキャットハウスに戻し、おこんとキングを呼び出す。
とりあえず、こいつらの動きを封じて……。
そう思っていると、くぅがゆっくりと一歩前へ踏み出した。ゆらりと足元から炎が立ち上っている。
あ、これは……。
さっとりゅうたろう達が、くぅから目をそらした。
マズいぞ……。
「うなぁぁぁぁおぅぅぅぅ!!」
くぅの雄叫びに空気がびりびりと震え、息苦しさを覚える。
くぅのスキルである「威圧」が発動したようだ。
私達はともかく、フードを被っている連中は「威圧」のせいで、体が思うように動かなくなっているようだった。
「魔王……!?」
「そんナはずは……」
狼狽える男達に、くぅが再び雄叫びをあげた。
「うなぁぁぁぁおぅぅぅぅ!」
ヤバい、マズい。
来て早々、世界が滅びる!
その魔力の高さからか、くぅは表世界を好き勝手にさ迷っている時に、魔導師達に捕まりかけた。
それ以来、鎖や首輪を見ると問答無用でブチキレるのだ。
今回も、獣人達につけられていた枷を見た時からブチキレていたのだろう。
りゅうたろう達は「僕達関係ありません」と、くぅから目をそらしたままだ。
あー、うん。そうだな。
少々の犠牲で、世界が滅びないならそれでいいか。
「りゅうたろう、キング、おこん。上に戻るよ」
そういえば、よつばを人魚の水槽の前に置いてきたままだった。
……食べてないだろうな。
「くぅ、終わったら合流して」
声をかけると、くぅはゆらりとしっぽを振った。
私の声は聞こえているようだから、キレながらも今日は比較的冷静なようだ。
これなら、世界は滅びないですみそうだ。……港も無事にすめばいいのだが。
りゅうたろう達と上に戻ると、よつばが水槽のへりにのぼり、眠っている人魚に向かって前足を伸ばしている最中だった。
「よつば、やめなさい!」
私を見て、よつばは「あ、やべ」という顔になった。
すたん、と水槽から降りてくると、よつばは私の足に頭をこすりつけながら、妙に甘ったれた声で鳴いた。
「にぁぁぁん?」
私には「魅了」は効きません! ……めっちゃ可愛いけどな!
「人魚は食べない! 分かりましたか!?」
「……にあん」
すりすりをやめ、よつばが不満そうに鳴いた。
さて、眠っている獣人達をどうするか。
とりあえず、人魚は水槽に入れたままの方がいいかな。
「キング、このままでも運べるよね?」
「にゃう」
んー、港まで連れて行って……。
「!」
がんっと、突き上げるような衝撃があった。激しく船が揺れる。
くぅがやらかしているようだ。
あー、こりゃ沈むな。
「キング、獣人達を連れて港に『空間転移』」
キングがぱちりと目を閉じると、微妙な浮遊感と共に私達は港に移動した。
獣人達はまだ眠ったままだ。よつばは未練がましく人魚の水槽の回りをうろうろしている。
振り返ると、豪華客船から炎が上がっているのが見えた。
騒ぎに気付いたのか、港に獣人が集まってきた。
このあとは、獣人達に任せよう。
「キング、くぅを迎えに戻る……」
豪華客船から、何かが舞い上がった。こちらに向かって飛んできている。
「……」
魔王様、飛べましたっけ……?
くぅは炎を翼のように羽ばたかせながら、港に向かって近付いてくる。
ああ、もう! もはや何でもありだな、あの魔王は!
港の騒ぎが大きくなる。
……逃げよう。とりあえず逃げよう。
「キング、『空間転移』!」
くぅとよつばも忘れないでね!