#009 ルルネ様、発注する
始まりの街の丁度中心部にある噴水広場。
この見通しも良く、各地域からのアクセスもしやすい広場は、プレイヤーたちの待ち合わせ場所としてよく利用されている。
周囲を見回せば、私と同じように待ち合わせをしていると思わしきプレイヤーが何人も待ちぼうけている。
美央との約束の待ち合わせ場所。
私は待ち合わせ時間の15分前にこの噴水広場に集合していた。
いや同じ家、むしろ隣の部屋からログインしているのだから、そこまでする必要も無いんだけどそれはそれ。
今までずっと一人で冒険していたので、人と遊ぶなんてこと久しぶりだ。
ゲームを誰かと遊ぶなんて久しぶりだ。
昔は近くに住んでいた幼なじみの家に遊びに行ってはゲームをして遊んだりしていたのだけど、こっちに引っ越してからはそれもできなくなった。
妹とゲームをするなんてこともなかったから、ここ数年は人とゲームをした記憶がない。
大丈夫。
吸血鬼は孤高の存在だから。
別に泣いてないし。
泣いてないし。
「早く来すぎたのじゃ……」
大きく伸びをすると、噴水にの段差にぴょいと飛び乗り腰掛ける。
所在なさげに足をぶらぶらさせながらあくびを一つ。
ここのところずっと戦っていたから、平和なのが新鮮だ。
一応美央も配信者らしいし、お互いに配信しても良いと事前に確認しているが、今日行うのはあの熊公を倒すための打ち合わせやら準備やらだ。
配信は切っている。
コメントも流れないし、本当に久しぶりの静寂。
騒がしいのも好きだけど、たまには何もせずにぼーっと静かに街を眺めてるのも楽しいんだよね。
でも時折道行くプレイヤーの視線を感じるのは気のせいかな……?
「お待たせしました姉さん」
不意に真横から未央の声がかかった。
集合10分前なのにお待たせと口にしているのが未央らしい。
「大丈夫!我も今来たところじゃから!」
「それが言いたかっただけでしょう?」
未央の声に反射的に視線を向けると、そこに立っていたのは一人の獣人だ。
腰まで伸びた艶やかなストレートの金髪。その頭上にはピンと立った狐耳。腰からはふっさふさの狐のものと思われる尻尾が生えている。
身に纏っているのはファンタジー風にアレンジされた紅白の巫女服。短めのスカートにアレンジされた袴と微かに空いている胸元がそこはかとない色気を感じさせていた。
我の妹可愛すぎなんじゃが!!!
普段は真面目な美央が狐コスプレしてるみたいで、背徳感がすごいよ!
美央は正直発育が良い。
私もわりと「ばいんばいん(重要)」なのじゃが、美央はそれ以上だ。
街を二人で歩いていると私が妹に間違われる程度にはスタイルが良い。
本人はあんまりそういうところに無頓着だし、気が付いて無さそうだけどちょっと露出度の高い服を着るだけで、色気がすんごいことになる。
む、何やら周囲の視線が増えた気がする。
ゆるさん。狼どもめ!未央はやらぬぞ!
このもふもふは我のものじゃ!
ガルルル!
「…姉さん、どうかしましたか?」
無言でこっそりスクリーンショット機能を起動させて美央を撮影しまくっている私に、不思議そうに声がかけられる。
いけないいけない、バレたら変態だと思われちゃう…!
「な、なんでもないのじゃ!……と、ところで今日は何をするのじゃ?」
慌てて話題を変更する。
私策士!
「そうですね、まずは姉さんのその貧弱な初期装備を何とかしましょう」
「ほう!装備更新とは心が踊るのぅ!了解じゃ、美央よ!」
「ああ、それとこちらでの私は美央ではありません。澪音とお呼びください」
おっと、あんまりに現実感ある世界だから意識が薄くなってたけど、ここはオンラインゲームだった。本名呼びは流石にまずいよね。
「未央→澪音」、分かりやすくて良いし音が近いからか普段と比べてもそれほど違和感が無い。
「では我の事もルルネ=フォン=ローゼンマリアⅣ世とーー」
「お断りします、姉さん」
……ぐすん。
――――
「それにしても我、装備更新とはいってもお金持っていないのじゃよ?」
私は澪音に手を引かれながら、始まりの街を歩いていた。
その体格差のせいか、すれ違ったNPCのおばちゃんの口から「迷子かしら?」なんて呟きが聞こえたのは気のせいだから!
「安心して下さい、その辺りは大丈夫です。リーフラビットを倒して素材がいくつかドロップしているでしょう?」
「んむ、牙やら毛皮やらがかなりあるのぅ」
「その素材を使用して装備品を作りましょう」
「む、【生産】というやつじゃの!」
「はい、その通りです。私の知り合いに腕の良い防具生産スキルを持っている方がいるので、今回はその方に会いに行きます」
ENOにおける生産スキルは素材を用意して、スキルで生産をするという単純な物だ。
生産のレベルと素材のレベルが高ければ高いほど良いものが生産される。
しかしそれとは別に、職人の腕によっても完成した作品に差ができる。
例えば鍛治スキルであれば、鉄の叩き方、研磨の仕方、焼き入れのタイミングなど。
ゲームであるため、現実の工程と比べてかなり簡略化されているらしいけど、そこには明確に腕の差というものが出る。
単純な話、一流のフレンチシェフが料理スキルのレベル1で料理を作っても、かなりの性能の料理が作れる。
このゲームをやり込んでいるらしい美央が「腕が良い」と言うのだから、その人もかなりの腕前なんだろう。
そんなことを考えていると手を引く澪音の足が、一件の建物の前で止まった。
レンガ造りの年期の入った一軒家。
建物の入り口上部には立派な看板が掲げられており、こう書かれていた。
【白玉防具店】
――――
「白玉さん、いらっしゃいますか?」
ドアを開け、澪音がそう呼び掛ける。
店内はおしゃれな衣類のブティック店のようだった。
マネキンや壁におしゃれな服がいくつも陳列してあり、ファンタジー要素を取り入れたデザインの服に自然と目が引かれる。
防具店なんていうから、てっきり鎧とか盾とかの無骨な防具の類が並んでいるのだと思っていたのだけど、ここに並んでいるのは殆どが布製のおしゃれな服だ。
「あぁ、白玉さんは防具の中でも裁縫に特化した職人さんなのです」
私の表情に気がついたようで、澪音が補足してくれた。
「…姉さんのプレイスタイルを考えると、素早さの下がる金属鎧よりも布製装備の方が良さそうですし」
「なるほどのぅ」
正直私のステータスでは防御なんてあってないようなもの、敵の攻撃は今のところ避けるしかない。であれば動きを阻害しにくい布製の防具は選択肢の一つかもしれない。
そんなことを考えていると、カウンター奥にあるおそらく作業部屋と思われる部屋の扉が開き、中から男性が一人出てきた。
「――あぁ、お待たせしてしまってすまないね」
こちらに向けて微かな微笑を浮かべる、白髪の初老の男性。
彼が私たちに向けて軽く会釈した。
いくつものポケットのついたエプロンには使い込まれた裁縫道具がいくつも入っているのが見える。
職人なんていうから強面の厳しい人、みたいな感じの方かと思っていたけど、人当たりの良さそうな男性だ。
緊張してたから、ちょっとほっとしたかも。
「彼女が澪音くんのお姉さんだね?噂には聞いているよ。私は白玉。裁縫士だよ」
「んむ!我は最強の吸血鬼にして真祖、ルルネ=フォン=ローゼンマリアⅣ世じゃ!」
「うん、ルルネ君だね。よろしくお願いします」
ぬぅ、大人の余裕……!
「さっそくだけど、防具に使う素材を見せてもらっても良いかな?」
「それは良いのじゃが、我は初心者でお金をほとんど持っていないのじゃ…。出来れば素材の一部を買い取ってもらえたりすると嬉しいのじゃが……」
「あぁ、お金については今回はサービスするから心配しなくて良いよ」
「なんと!良いのか!?そ、それでは儲けが出なくなってしまうではないかっ」
「ふふ、ルルネ君は配信者なのだろう?かなりの宣伝効果がありそうだからね。ま、先行投資というやつさ」
にやりと白玉さんが商売人の笑みを浮かべる。
ふふふ、配信者ばんざい!
白玉さんが良いと言うのだから、ここはその言葉に甘えてしまおう!
無料ぅ!無料ぅ!
「それに私は現実には子供ふk――こほん、女性の服のデザイナーをしていてね。君なら都合の良いマネキンになってくれそうだ」
「…………え?」
「それでルルネ君はどのような装備がお望みなんだい?」
「え?あ、…う、動きやすくて可愛いのがよいのじゃ!」
「好みの色とかはあるかい?」
「ぬ、やはり黒じゃな!黒!」
「よく着る服はどよのうなものを?」
「え、えと――」
「うん、それでは完成は二日後になるよ。その時にまたここに取りに来てほしい」
「うむ!では頼んだのじゃ!」
「姉さんの装備をよろしくお願いします」
途中なんだか物騒な発言が聞こえた気もしたけど、気のせいだよね……?
一抹の不安を残しながら、私たち二人は白玉防具店を後にした。