#006 ルルネ様、初配信する
「クククッ、先ほどは後れを取ったが真祖たる我が兎程度に――みぎゃああぁぁぁぁぁっ‼⁉」
「す、少しはやるようじゃな……!じゃが先程まではいわば小手調べ!次の我は――ぴぎいぃぃぃぃぃぃっ‼?」
「ぐぬぬぬ……!つ、ついに我の第二形態を見せる時が来たようじゃな!恐れ戦くがよい――ぴっぎいいぃぃぃぃぃっ‼?」
「ひぐっ…えぐっ…わ、我の必殺技、『†クリムゾンローズガーデン†』で貴様などぉ……んんにゃあぁぁぁぁ!⁉」
ひうっ…えうぅっ…!
この兎、すんごい強いんだけどぉ…!
あれから兎に一撃でやられては、始まりの街にリスポーン、また兎の再チャレンジを繰り返すこと計13回。
涙をこらえながら、何度も街を全力疾走してると、気のせいだろうけどほかのプレイヤーの視線が突き刺さっているような、自意識過剰に陥りそうになるんですけどぉ……。
初期モンスターのくせに、ほんと強いなぁ、あの兎。
しっかりと斧で攻撃を防いでいるつもりなんだけど、その防御ごと兎の突進で突き崩されちゃう。攻撃力も素早さもかなりのステータスなんじゃないかな。
私がDEF(物理防御力)にステータスを割り振ってないのもあるだろうけど、それにしても一撃のダメージが多すぎる!鬼畜ゲーか!
じゃが!!!
何度も戦うことによって攻略法は見えてきたのじゃ!
ふふふ……!
真祖たる我は戦闘の天才じゃからな!
本来あの程度の兎は敵では無いのじゃ!
吸血鬼になりたいという願いは既に叶った。
そして、攻略の糸が見えた今こそ、我の第二の願いを叶えるときが来たのじゃ…!
――――――――
「我は真祖にして最強の吸血鬼、ルルネ=フォン=ローゼンマリアⅣ世じゃ!」
既に陽の落ちた東の草原、時間は夜の9時。
東の草原は始まりの待ちから近いということもあり、街道こそないものの、ぽつぽつとトーチが立てられており高原となっている。
クククッ、今こそ闇の使徒たる吸血鬼の時間じゃ!心なしか体が軽い。
っていうか、実際に夜ということもありバフがかかっている。ウィンドウを開いて確認してみたが、ほんの僅かではあるものの各ステータスが増加している。
吸血鬼万歳。
周囲には誰もおらず、虚空に向かって一人高笑いしているところはあまり見られたくない。
一人私が名乗りをあげたのは、何もおかしくなったからではない。
いや、時々新しく覚えたカッコいいセリフとか一人で練習するけど…。
『こんばんはー』
『初見です』
『かっっっっわ!』
『初見』
『掲示板から来ました』
『るるねちゃんこんばんはー』
『かわいい』
『ろりっこかわいい』
私の視界に次々と流れるコメント郡。
右上に表示されている明滅する赤色の【live】の文字。
そう、ゲーム配信だ。
ENOには自分のプレイ映像をゲーム内から動画サイトにそのまま配信できる機能が備わっている。
私はその機能を使って、現在配信を行っていた。
『小学生?』
「小学生ではないわッ!!我はじゅうーーじゃなくて悠久の時を生きる真祖。歳など10000を越えてからは覚えておらぬのじゃ!」
『中二(小学生)』
『10000まで数えられて偉い』
『かしこい』
『天才児』
『残念な子ほどかわいい』
『初期装備なのに真祖なのかわいい』
『何このかわいい生き物』
うん、コメントもちゃんと表示されているし、無事配信できてるみたいだね!
初回配信だから一人でも来てくれれば嬉しいなと思ってたけど、思った以上にコメントが流れてきてちょっとドキドキしちゃうなぁ。
あれ、なんか私舐められてない?
ENOでは配信をしているプレイヤーは正直かなり少ない。
異形種以外は、顔の造形をそれほど弄れないこのゲームにおいて、配信とはほとんどリアルの顔出し配信になると言える。
多少顔の輪郭を変えたり、眼の色を変えたところで家族や仲の良い友人が配信を見れば個人を特定してしまうリスクもある。その為、必然的に自分で配信をするのを忌避するという空気が他ゲームと比べて多くなっていた。
つまり私の初回配信に思っていた以上に人が集まっていたのは、たんに物珍しさが故にだ。
まあ私も顔出しに忌避感が無いわけではない。
だけど、私の第二の願いを叶える為にはやむを得ない。
そう、私の第二の願い、それは――
「この度は我の配信によく来てくれたのじゃ、眷属達よ!今回はつよつよ真祖たるわれが、皆にリーフラビットの倒し方を伝授してやるのじゃ!!」
そう!
我の第二の願いは「つよつよ吸血鬼としての伝説(伝説と書いてサーガと読むんだよ)を皆に見せつけること」じゃ!
正直最初は街中でアピールしようと思っていたけど、あの突き刺さるような視線はちょっと怖い――じゃなくて、確か「街中で名乗りをあげてはいけない」って家訓があったような気がする。あったに違いない。
じゃが!
配信であれば視線も感じぬし、あんまり怖くないのじゃ!ふふふ、真に賢きものというのは我のように応用を利かせられる者の事をいうのじゃろうなぁ!
『は?』
『初期装備で?』
『さすがにキツい』
『真祖ちゃん、悪いことは言わないからやめとこ?』
『鬼畜兎はあかん』
『ルルネちゃんレベルいくつ?』
「1じゃ!」
『満面のドヤ顔草』
『これは解散』
『さよなら真祖ちゃん』
『正直美少女の悲鳴は助かるのでどんどんやってほしい』
『かわいそうはかわいい』
『←ヒェッ…』
むぅ、私が本当に小学生だと思ってるのか、反応が諦めムードなんだけど!
くそぅ、目にもの見せてやる…!
初期モンスターくらい私でもなんとかなるやい!
「クククッ、案ずるでない眷属どもよ!我にはすんごい作戦があるからのぅ!まあ見ているがよい!」
『ルルネちゃんレベル1ってことはまだリーフラビット一回も倒せてないよね?』
「むっっっぎいぃ!!これから倒すんだもん!!!」
見ておれぃ!
ウィンドウを開くと相棒である「†ギルティオブダークネス†(初心者用両手斧)」を取り出して装備する。
辺りを見回せば丁度20メートルほど先の暗がりに一匹のリーフラビットを見つけた。
東の草原は足元の草が短く、モンスターもプレイヤーも隠れる場所が少ないため、すぐに見つかる。
それに、周囲は街灯の光の当たる場所以外は暗闇だけど暗視スキルのおかげで、昼間とそれほど変わらない視界を保てている。
このまま気付かれないように接近しようと、数歩進んだところで、リーフラビットと目が合った。
向こうも私に気がついたみたいだね。
リーフラビットも暗視スキルを持っているのか、それとも獣特有の嗅覚とか聴覚とかかなぁ。
奇襲で先手が取れれば楽だったけど、そう上手くいかないか。
渋々「†ギルティオブダークネス†(初心者用両手斧)」を構える。
まあいいや。
倒し方を伝授する、なんて言ったんだ。奇襲じゃあまりにも格好がつかないよね。
『逃げてえぇぇ』
『リスポーンして別のとこ行こ?』
『画面見てられない』
リーフラビットの初動は決まっている。
その素早さを活かした突進攻撃だ。
リーフラビットの後ろ足の筋肉が脈動し、力が込められているのが見える。
――来る。
私は【ブラッドスピア】を発動させた。
ブラッドスピアは【血魔法】スキルのレベル1で習得できる魔法だ。
効果は凝固した血液を20センチほどの杭の形に変えて射出するという単純なもの。
それに伴い私のHPバーが5%ほど減少した。
吸血鬼の種族スキルである【血魔法】には「MP消費の代わりにHPを消費する」という特徴がある。
血液を消費しているイメージなんだろうか。
私の予想通り、リーフラビットが地面を蹴りつけて突進してくる。
「甘い!貴様の攻撃など、我には読めているのじゃッ」
その動きに合わせて【ブラッドスピア】を発射する。
しかしリーフラビットはぴょいっと跳躍して簡単に血液の杭を回避みせる。
だけど、素早いリーフラビットがレベル1の【ブラッドスピア】を回避するなんてことは折り込み済み!
再度リーフラビットが私を狙って突撃してくるがーー私は強引に体を捻ってそれを回避する。
『え?』
『まじ?』
『うそやん』
『は?』
『なにいまの?』
『よけた!?』
何度か戦闘をしてみて分かったけど、リーフラビットの突進攻撃は最高速になるまでに僅かに時間がかかる。
ある程度距離を詰めてしまえば、最高速にはならない。それに突進の動きはただの直線的なもの。
しっかりと動きを見ていれば後は回避は容易い。
そう、今までのリーフラビットとの戦闘は突進を防御しようとして、その防御ごとやられていた。
であれば答えは単純だ。攻撃を受けなければいい。
自慢の攻撃を回避され、慌てた様子のリーフラビットの気配を背後に感じながら振り返り、私は【魔眼】を発動した。
ほんの一瞬リーフラビットの体がビクッと硬直する。
【魔眼】の効果は「眼を見た相手の動きを一瞬止める」というもの。
その効果時間は相手のレベルと魔眼スキルのレベルに比例する。
リーフラビットは格上だったようで、レベル1の魔眼スキルでは動きを止められるのは一瞬だけだったみたいだけど――
「――それだけあれば充分じゃ!」
大きな隙を見せたリーフラビットに私は思い切り両手斧を振りかぶると、そのまま渾身の力で振り下ろした。
斧ごしに手のひらに伝わる嫌な手応えと、周囲に響く鈍い切断音。
脳天に全力の一撃を受けたリーフラビットの体がその場に崩れ落ちる。
数秒経つとその体が光に包まれていき、やがてポリゴン片となって虚空に消えていく。
「クククッ……クハハハハッ……クーックックックッ!!!我の!!!!大勝利!!!じゃ!!!!」
この世界に来て初めての勝利。
正直初配信だったし、すっっごいドキドキしてたけど、良かったあぁ…!
どうしよ、嬉しくてにまにましちゃう。
いけない、いけない、吸血鬼は不適な感じで微笑まなきゃ!
レベルアップのファンファーレを聞きながら、配信を見ているであろう視聴者に向けて、ピースサインを見せて跳び跳ねる。いえーい!いえぇぇーい!
『え』
『え』
『は』
『まじか』
『うそ』
『勝ったとか』
『え?』
スライムなどの見た目が人間とかけ離れた種族のプレイヤーは、現実の体との差異が非常に大きくなるために、操作時にはシステムのアシストが入ります。その為、あまりゲームが得意で無い人には異種系の種族がおすすめされています。