#004 ルルネ様、世界を感じる
一瞬の視界の明滅の後に、私は喧騒の中に飛ばされていた。
周囲を見回せば目に飛び込んでくる石やレンガ造りの街並み。
正式サービス直後だからか、道行く人は多く、そのほとんどが武器を下げた冒険者風の恰好をしている。
私と同じプレイヤーだよね、たぶん。
自分と変わらない装飾の無い麻布の服を着ているのは今の私と同じ、この街に来たばかりのプレイヤーなのだろう。
初期装備と比べると豪華な装備を身に着けている人も数人居るけど、あれは先行プレイしているテストプレイヤーの人たちかなぁ。
また、道行くプレイヤーも一括りに冒険者とはいえ、獣の耳が生えていたり、天使のような羽が生えていたり、明らかに人ではないスライム状の体をした人間のような生き物など、千差万別だ。
せっかくの冒険だからと、チュートリアル以降の攻略情報は調べていないけど、多分ここがRPGおきまりの「はじまりの街」ってやつなんだろう。
喧騒に耳を済ませれば、「洞窟PTメンバー募集、ヒーラーさん、タンクスキル所持の方歓迎です!」「ギルド入りたい方いませんかー?」「ワイルドボアの毛皮、一枚150リフでどう?」なんていう声掛けがそこかしこでされている。
いかにもな雰囲気に自然と口角が上がるのが抑えきれない。
夢であった吸血鬼としての生が、この街に踏み入れたことでより実感が湧いてきた。
い、いや、元から私吸血鬼だけど!
街を歩く人々、喧騒、頬を撫でる少し冷たい風、差し込む太陽の光、露店から漂ってくる美味しそうな匂い。全身から感じる全てが心地いい。
いや、太陽光だけはちょっと痛い……。肌がひりひりしてきたよぅ……。
こほん!
ふふふ、我の栄華はここから始まるのじゃ!
まずはこの辺りに居る凡百の冒険者どもに我の偉大さを知らしめておかなばなるまいの!
周囲を見渡せば、道の中心部に置かれた街のモニュメントらしき石塔。
石塔の丁度良さげな段差によじ登り、腕を組んで大きく息を吸いこんで――
「ククククッ!!我は華麗なる吸血鬼にして、最強の真祖!!ルルネ=フォン=ローゼンマリアⅣ世じゃ!!冒険者諸君、我の覇道は今ここから――――ぴゃいっ!?」
見られた。
思った以上にすんごい見られた。
なんなら広場の人全員こっち見てるよ……っ!
こ、こっち見んなあぁ……!
「あ、あのー、お嬢ちゃん?そんなところに登っちゃ危ないよ?」
「……………た、」
「た?」
「退散……っ!!」
話しかけてきた親切そうなおじさんを振り切って、その場から走り去る。
お、思えばルルネとしての姿をこれほど大勢の前で見せたことは無かったんだよ……!
人間どもの視線怖いよぉ……!
しっかりと石畳で舗装された道を時折背後を確認しながら走る。
良かった!追ってくる人はいない……!
誰もいない町の路地裏でようやく一息つけば、先ほどの失敗に頭を抱えた。
「ぐぬぬぅ…っ!わ、我が人間どもにビビるなんてあり得ないのじゃ……!きっとあれじゃ、レベルじゃな!レベルが足りないのじゃな!」
少し考えれば簡単なことだ。
つよつよメンタルの真祖たる我が、人間に気圧される理由などゲーム的な事情が絡んでいるに違いない!んむ、分かれば簡単な事じゃったな!
「よし、まずはレベル上げをするとするかのぅ!んむ、RPGの醍醐味じゃな!そこらの雑魚モンスターを蹂躙して、我が糧としてくれるのじゃ!」
そうとあれば、早速レベリングじゃ!
裏路地から出ると目についた、白い全身鎧に身を包んだ男性に声をかける。
「すまんのぅ、お主に聞きたいことがあるんじゃが」
「ん?――え、可愛っ、……じ、じゃなくて、何かな?」
「この辺りでレベリングに都合の良い場所はどこじゃろうか?」
「えと、この辺りなら街を出てすぐの【東の草原】エリアかなぁ。リーフラビットっていうウサギのモンスターがいるんだけど、そいつの経験値がおいしいんだけど――」
「んむ!東の草原のリーフラビットじゃな!協力感謝するぞ!」
鎧の男の言葉に食い気味にお礼を言うとウキウキで駆けだす。
ふふふ、レベルさえ上げてしまえば人間どもに遅れはとらぬのじゃ!
リーフラビットとやら、首を洗ってまっておれ!
――――――――
道行くプレイヤーから東の草原の場所を聞き出して位置を確認。
街を守る門番に門を開けてもらい、たどり着いたエリア【東の草原】。
(門番のおじさんに「子ども一人では危ないから行ってはいけないよ」と優しく諭され、半泣きになりながら小一時間自分が冒険者だと説明したところはきっと誰にも見られていないはず…!)
だだっ広く開けた視界の良い草原だ。
地面には動きを阻害しない程度の、足首に届くくらいの草が生えており、時折風が足元の緑に波を作る。
これだけ視界が広ければ奇襲を受ける事もないだろうし、目標も見つけやすい。
草原にはちらほらとプレイヤーの姿があり、戦闘や採取などに勤しんでいる。
そのプレイヤー全員が私の着ているような麻布の服ではなく、しっかりとした戦闘用らしき装備を身に着けている。
やっぱり高貴な吸血鬼に初期装備は似合わないよねぇ。
はやく可愛い防具を身に着けたいなぁ。
そんなことを考えていると――
見つけた!
少し先に頭に一本角の生やした大きな兎が居た。
兎にしてはかなり大きいサイズで、顔もかなり凶悪な顔つきをしている。
注視すると兎の頭上に【リーフラビット】の表示が現れた。
うん、この兎で間違いないね。
何もない空間に指をスライドさせると、空中にウィンドゥが浮かび上がった。
インベントリを開いて初心者用両手斧を実体化させ、何度か素振りをしてみる。
ステータスをかなり筋力に割り振ったからか、重さは殆ど感じずに振ることが出来た。
うん、問題なさそうだね!
素振りが目立ったのか、斧が空を切る音が聞こえたのか、リーフラビットがこちらに気が付いたようで、臨戦態勢をとった。
一瞬のにらみ合い、リーフラビットは地面を蹴りつけると角をこちらに向けて猛然と突進をしてくる。
思っていたよりずっと素早い。
兎のくせに獰猛な子だなぁ。
見た目は怖いし、好戦的だけど、所詮突進なんて動きは単純な一直線。
迎撃するなんて造作もない。私は斧を横に構えて防御の姿勢をとる。
「くふふふっ!所詮は獣よのぅ!」
初期モンスターの攻撃など大したダメージにはならないはず。
であればこの戦闘で自身のステータスやスキルの確認を優先すべきだ。
眼前に迫った兎の角。
自分の体と角の間に滑り込ませた斧。
「我が呪われし暗黒の戦斧が貴様の血を欲しがって泣いて――――ぴぎいぃぃぃっ!!!?」
受け止めた斧ごと、防御ごと腹部に感じる強い衝撃。
跳ね飛ばされる体。
『 ― YOU ARE DEAD ― 』
『貴方は死亡しました。最後に立ち寄った街のリスポーン地点で復活します』
「…………ほへぇ?」
日間ランキング、VRゲーム部門20位。
泣いて喜んでおります……!
読んで下さっている読者の方々のおかげです!
本当にありがとうございました!