#014 幕間・私の姉さん ②
VRゲームの発展著しい昨今。
誰でも気軽に遊べるVRゲームにおいて、小学生のプレイヤーはそれほど珍しい存在ではありません。
しかしENO、ひいてはVRRPGゲームというジャンルではその限りではありません。
実は戦闘のあるVRゲームというのは、幼い子どもにはあまり人気がありません。
あまりにもリアルなモンスターや戦闘に、楽しさよりも恐怖が勝ってしまうそうです。
そのため女性で、しかも姉さんのようなちんまい姿のプレイヤーは非常に珍しいのです。
道を歩いてるだけで、視線を集めてしまいます。
私の可愛い姉さんが配信を通して注目されるというのは誇らしさがあります。
しかし配信画面を見ても思いましたが、やはり初心者用装備というのはやはりデザインがイマイチです。
どうせ姉さんを見てもらうなら、可愛い姿を見てもらいたいものです。
私はフレンドの白玉さんに装備製作依頼をメールで送りました。
白玉さんは布装備の最高レベル製作プレイヤーの一人です。
最高品の防具を作れるため、本来であれば予約が立て込んでいるのですが、姉さんの詳しい外見を伝えたところ、二つ返事で依頼を受注してくださるとの事でした。
ENOにおける布装備というのは基本的に防御力が低く設定されており、敵の攻撃範囲外から攻撃する遠距離職の推奨装備というのが常識です。
さすがに「近接戦用の布装備を作って頂きたいのです」と伝えたときは、かなり驚かれてしまいました。
白玉さんのリアルは子ども服のデザイナーです。仕事が趣味、というような人です。
ゲーム内であれば現実のお金をかけずに、好きなだけデザインができるということで、ENOを遊んでいるような方です。
白玉さんにとって、幼児体型の姉さんの服を作れるなんて、そんな機会は何よりも優先されるのでしょう。
決して危ない人ではありませんよ……?
はい、私が姉さんの装備品製作を依頼したのは腕の良い製作プレイヤーであると同時に、そのデザインのセンスを買ってのことです。
幼女をマネキンにしたい白玉さんと、可愛い姉さんが見たいという私。
完全に利害が一致していました。
白玉さんは素材さえ貰えれば料金はいらない、なんて仰って下さりましたが、こちらの無理を通すのです。
装備相当の料金と、手持ちの高レベル糸素材をいくつかお渡しさせて頂きました。
姉さんには秘密です。
可愛い姉さんが見られるのであれば、惜しくもなんともありませんね。
後はちょうど良く姉さんが負けてくれたガロウにかこつけて、装備更新の話をしにいくといたしましょう。
――――
「ーー皆様お待たせ致しました、澪音です」
『こんー』
『澪音さんきたー!』
『澪音ちゃ!!!』
『もっふもふ!!』
「はい、こんばんは。今日は姉さんと一緒にガロウと戦いたいと思います」
『ついにお姉ちゃんきた!!!』
『澪音さんがいつもにこにこで話してるお姉ちゃん……実在したのか……』
『お姉さん、ほんとに居たんだ』
『のじゃろりお姉ちゃん、妄想じゃなかったんです?』
「これでも記憶力は良い方です。コメント欄の方、お名前覚えましたからね」
『ヒェ』
『おれじゃないぞ』
『俺も言ってない』
全く……。
確かにことあるごとに姉さんの可愛さを配信で自慢していましたが、そんなふうに思われていたなんて心外です。
「こんばんはじゃ、けんぞくども!」
姉さんもどうやら配信を始めた様子です。
向こうの視聴者さんにもご挨拶しておかなくてはいけませんね。
「――こんばんは、澪音と申します。この度は姉さんの配信にお邪魔させてもらっています。皆様よろしくお願いします」
『なにこのかわいい子』
『ろりろりしい』
『妹の間違いでは?』
『小学生』
『妹を語る澪音ちゃに騙されてるのでは…?』
『くそかわ』
『この子前に話題になってた子じゃね』
『かわわわ』
『リーフラビットの子、澪音ちゃんのお姉さんだったのか!』
『ルルネ様!ルルネ様!』
『二人は姉妹だったの!?』
『真祖さまじゃん』
『クンカクンカ』
私の配信画面に姉さんの姿が写ったのでしょう。
コメントが一気に流れていきます。
リーフラビット戦の試聴回数を見ても予想できましたが、姉さんの知名度もかなりのものになっているようですね。
あと『クンカクンカ』コメントをした人の名前も覚えておきましょう。
姉さんが何やらお話をしているようです。
不思議そうな顔をしていますが、おおかたの予想はつきます。
向こうのコメント欄で私が配信で姉さんの話を今までたくさんしていた事でも話しているのでしょう。
いけません。
私は姉さんの前ではクールで清楚な妹でなくてはならないのですから。
少し釘をさしておくとしましょう。
「……余計なことを言ったら潰します」
姉さんには聞こえないよう、こっそりと呟いておきました。
これでよし。
「おにゅーの装備御披露目会のお時間じゃあぁぁ!」
姉さんの宣言で私は意識を切り替えます。
ついにこの時がきました。
どや顔の姉さんも可愛いです。
姉さんは装備を受け取ってから、まだ一度も装備していないため、私も姉さんも装備の外見はまだ知りません。
白玉さんのデザインですので、可愛くないはずがないのですが。
姉さんがインベントリを操作すると、装備が一気に切り替わっていき―――
(かっっっっっわいいぃぃぃぃ~~~!!!)
天使です。
姉さんは天使の生まれ変わりだったのですね。
姉さんが白玉さんにゴシック系の希望を出していたのは聞いていたので、覚悟はしていたのですが、まさかの和ゴスとは……!流石は最前線の裁縫プレイヤーの白玉さんです。ゴスロリと和ゴスは同じジャンルのようで、受ける印象は全く異なります。ゴスロリよりも薄手で全体的に生地の少ない和ゴスは奇妙な色気さえ醸し出しています。普段は無邪気な姉さんが放つ微かな色気というギャップに滾るものがありますね。私の装備も和装なので、ある意味私と姉さんは衣服のテーマが近しくなっています。これはもう実質結婚なのではないでしょうか。大丈夫です、従姉妹であれば結婚はできます。式はいつにしましょうか…。うさぎ耳のようなリボンが揺れるのもまたキュートで、うさぎの姉さんが悪い狼さんに食べられてしまわないか今から心配でしかたありません。これは私が守なくてはなりませんね。
無意識の内に腕が姉さんの配信を開きコメントをしていました。
『かっっっっわ!!』
スクリーンショットモードを起動して、ひらひらと生地の具合を確かめる姉さんを激写します。
今夜は姉さんフォルダの編集で寝られそうにもありません。
『無言のスクショ連打に草』
『撮りすぎでは…?』
『気持ちは分かる』
『そのスクショぼくにもください』
『姉のこと好きすぎ』
『てぇてぇ……?』
『さすがにわらう』
『こわい』
「どうじゃ澪音、似合っているかの?」
「……」
スクリーンショット撮影に夢中で、姉さんの言葉に気がつくのが遅れてしまいました。
「澪音?」
「……っ、失礼しました。とてもよくお似合いかと思います」
危ない危ない、クールな私に戻らなくては……!
――――
『ルルネちゃんすごすぎ……』
『回避してる!?』
『マ?』
『ネームドだぞ』
『澪音ちゃんとガロウ、相性悪いなぁ』
『はえぇぇ……』
ガロウ戦は激戦を極めました。
私からすると、もはやリーフラビットもガロウも攻撃速度の違いが分かりませんが、姉さんの焦った表情からもその攻撃の速さが伺えます。
ネームドモンスター相手にも回避を成功させている姉さんが異常なのですけど。
私も援護をしているのですが、いまいち術のかかりが良くありません。
ガロウの厄介なところは姉さんが苦戦している攻撃速度にもありますが、真髄はその魔法耐性の高さにあります。
並みのプレイヤーの術であれば即座に無効化されてしまうという厄介な特性を有しているのです。
そのため、ガロウと戦う場合は物理職で挑むことを強制させられるという、魔術師殺しとしても名を馳せたネームドです。
最前線プレイヤーである私の術ですら、本来ほどの効果を発揮していませんでした。
唯一劇的な効果を発揮しているのは結界内の敵の動きを鈍らせる【重力震】だけといった有り様です。
正直私としては、ガロウ戦は装備更新のための理由付けにすぎません。
そのため、相性の悪さから一瞬で敗北しても仕方ないと諦めていました。
しかし姉さんはかなり善戦していました。
さすが姉さんです。
もしかしたら、これはいけるのではないでしょうか。
そう思っていると突如ガロウが咆哮をあげました。それと同時に頼みの綱であった【重力震】の結界が破壊されます。
【破邪の咆哮】……!
ネームドモンスターの情報は挑戦者の少なさと、その利益から殆ど流れていません。
そんな中で掲示板で見つけた魔法効果を破壊する【破邪の咆哮】というスキルの存在。
ネームドモンスターの情報の価値は非常に高く、嘘の情報も多く流れています。
私がその存在を嘘であってほしいと思っていたスキル。
あったら勝ち目は無いと割りきっていたそのスキル。
何もそんな情報だけ真実ではなくていいと思うのですが……!
想定外のことはもうひとつありました。
ガロウが突如こちらに向かって突進をしてきたことです。
ENOにはヘイト(敵視)という概念があります。
ヘイトとはその敵からどれだけ狙われているかという数値なのですが、基本的にこれは前衛がヘイトを受け持ちます。
前衛がヘイトを稼いで敵の攻撃受け、後衛が援護とダメージを与えるというのがENOにおける基本戦術なのです。
知性ある敵以外のモンスターは、このヘイトに基づいたターゲットを攻撃します。
この戦闘において姉さんはガロウに一番ダメージを与えていますので、本来であればガロウのヘイトは姉さんが受け持っているはずなのですが――
考えられる答えはただ一つ。
ガロウには知性があります……!
完全に獣と侮って油断をしていました。
慌てて迎撃の為に私の持つ最大火力の術を発動しましたが、これもかなり威力を削がれてしまったのでしょう。
ガロウの突進は止まりません。
私は文字通り為す術なく突進を正面から受けてしまい、大きく後方に弾き飛ばされました。
「澪音!しっかりするのじゃ!」
「…っ……う…」
私を心配する姉さんの声が聞こえます。
視界の端ではHPバーが急速に減少していくのが見えます。
この減少速度であれば即死でしょう。
しかし、そうはなりませんでした。
私の胸元に仕込んである札が、青白い光を放ち始めます。
【身代わりの呪符】。
高レベルの符呪スキルと、高レベルの筆記スキルで製作できるレアアイテムです。
符術スキルの持ち主しか装備できませんが、装備者が死亡する際に一度だけ身代わりとなってくれるという効果を持っています。
【身代わりの呪符】が消滅すると私のHPバーの減少が残り1のところで止まります。
なんとか動くことはできそうです。
即座に手持ちのポーションを取り出して、戦闘に戻ろうとした私ですが、目の前の光景を見て動きを止めました。
「――勝負ッ!」
ガロウに向けて斧を構えて戦いを挑む姉さん。
今まであれほどまでに生き生きとしている姉さんを見たことがあったでしょうか。
ガロウの様子を見るに、あちらも残りのHPはそれほど残されていないようです。
獣人の奥義種族スキルである【獣化】、さらにその上の上位スキルを私は習得しています。
今の私の戦闘スタイルと全く異なり、物理火力に特化したそのスキルを使えば、残りのガロウのHPを削りきることはできるでしょう。
しかし姉さんのあれだけ楽しそうな顔を見ていると、そんな考えもふき飛びました。
最初は「姉さんに自信をつけてほしい」という理由で勧めたENOですが、気は付けば今では純粋に「私の好きなENOの世界を姉さんにも楽しんでほしい」、という想いが大部分を占めていたのです。
おそらくあと一撃で決着がつくでしょう。
私は少し迷った後、あえてその場から動かないことを選択しました。
「姉さん、頑張って……!」
その日の配信動画は、私のチャンネルの中でも最高の視聴者数と再生回数を記録したのでした。




