#011 ルルネ様 対 【月爪】 ①
『グッガアァァァァァァァッ!!!』
東の草原。
私たちがガロウに接敵すると同時、向こうもこちらに気が付いたようで、両手を振り上げ、威嚇の咆哮を上げる。
熊の鳴き声とか聞いたこと無いんだけど、ぜっっったい、ここまでは怖くないと思う。
配信はしているものの、集中するためにもコメント表示をオフにしているのも心細さの理由だろう。
ひ、膝が自然と震えてくるけど、武者震いってこんな感じなんじゃな!
「姉さん!」
「んむ!先手必勝じゃ!」
背後に控える澪音からの声かけを聞いて、意識を切り替えれば、ガロウに向けて私は駆け出した。
他のステータスは残念だろうかもだけど、攻撃力と俊敏性に関してはガロウのレベルにも通用する自信があるんだよ!
一気にガロウの眼前まで踏み込めば、手にした両手斧を思い切り振り上げ――そのまま振り下ろす。
「食らうのじゃ!†真王黒炎邪波†あぁぁ!」
私の超絶カッコいい真名を授かった『両手斧スキルレベル1:唐竹割り』が発動する。
「グギイッ!」
入った!
私の一撃はガロウの頭部から股下までを一閃した。
傷はそれほど深くなさそうだけど、微かにその巨体が揺らめいた。
その体の大きさゆえに攻撃を命中させる事自体はそれほど難しくはない。
私の鑑定スキルのレベルではどれだけのダメージが入ったか、具体的な数字は分からないけど、ダメージ自体は入っているみたい。
これでレベル差有りすぎてダメージすら通りません、じゃ心が折れてたけど……。
「グッガアァァ!」
「ひぇっ!?」
ガロウの右腕が反撃とばかりに、私を目掛けて振り被られようとしている。
両手斧スキルはその高い攻撃力の代わりに、スキル発動後の隙が大きくなる。
ただでさえ重い斧で、大袈裟な動作をするんだし、当たり前って言えば当たり前かもなんだけど……。
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
地味にこれ絶体絶命なのでは!?
「【符術・鎖縛符】!」
思わず頭を抱えてしゃがみこむ私の横を、澪音の投げた呪符が横切った。
呪符はそのままガロウに命中して貼り付くと、魔術で生み出された紫色の鎖がガロウの体を縛り付けた。
ガロウは鬱陶しそうにその鎖をすぐさま引きちぎるけど――
「た、たた、助かったのじゃぁ!」
私はその僅かな隙を付いて地面を転がって、ガロウの攻撃範囲から逃れていた。
「姉さんは防御面に関しては貧弱紙装甲なのですから、気を付けてください」
「……はいぃ」
澪音は「符術士」だ。
正確に言うと、ENOには職業というものは存在していないので、符術スキルを戦闘のメインスキルとして使うプレイヤーを、便宜上「符術士」と呼んでいるにすぎないんだけど。
符術スキルは魔法のお札を使えるようになる、魔法使い系スキルの一つで、サポートや妨害に長けているスキルらしい。
その反面、攻撃能力はほぼ無くて、パーティープレイでこそ輝けるスキルだとのこと。
最初は澪音のつよつよレベルでごり押せばいいのでは?なんて考えていたけど、残念だけどそう上手くはいかないらしい。
「澪音!援護は任せたのじゃ!」
「はい、姉さん」
再びの突貫。
私は手にした斧を力任せに横凪ぎに振るう。
攻撃スキルを使わないのは、隙が多くガロウの反撃を回避できる気がしないからだ。
「グッギィッ!」
私の斧がガロウの腹部に命中したのを確認すると、ガロウがこちらに腕を振り下ろすのが見えた。
一撃でも喰らえばおしまい……!
すぐに後方に向けてバックステップ。
先程まで私がいた空間をガロウの爪が切り裂いた。目の前ギリギリを襲うその一撃に、攻撃の風圧で前髪が揺れる。
澪音の言う通り私の防御はまさに紙装甲だ。
そして間違いなくガロウの攻撃力と攻撃速度はリーフラビットよりも上。
リーフラビットの攻撃は何度か戦っているうちに、目が慣れて目視で回避できるようになったが、ガロウのそれは別格だ。
2度の攻撃を見て確信できる。
事前の攻撃モーションは見えても、その速度に体がついていかない。
攻撃動作から何となく攻撃のくる場所予測して回避するしかない。
まさに綱渡りの戦闘だ。
「ぴいっ!?」
再びしゃがんだ私の頭上をガロウの豪腕が凪ぎ払う。
その巨体に似合わず、やっぱり攻撃が素早い!
い、今のは危なかった……!
正直今までの攻撃も回避できているのはほとんど偶然みたいなもの。
たまたま予想した回避先が大当たりで避けられていただけに過ぎない。
攻撃を避けるための敏捷性が足りてない!
素早さには自信があったんだけど、さすがはネームドモンスターだ!
悔しいけどこのまま偶然に頼った戦い方じゃ、絶対に勝てない。
だから――
「中々に速いですね。であればやはり作戦通りに行きましょうーー【符術結界・重力震】!」
澪音投げた呪符がガロウの足元、地面へと貼り付くと同時、私はその意図を理解して走り出す。
迫るはガロウの眼前。
ガロウを中心に紫色の半球形のドーム状の壁が出現する。
その大きさは半径5メートル程。
【符術結界・重力震】の効果はそのエリア内の敵の動きを遅くするという単純だけど強力なものだ。
結界維持のため、術士は無防備になってしまうし、敵がエリア外に出てしまえば効果は無くなってしまうというデメリットのため、スキル単品としての使い勝手は悪いが、パーティープレイではその欠点を克服できる。
今回の戦闘における文字通りの切り札。
そう、私と澪音は前もってガロウ戦の作戦を立てていた。
作戦は単純に【符術結界・重力震】で遅くなったガルドを、私の素早さで翻弄し削りきるというもの。
「あとはお任せします、姉さん!」
「んむ!……クククッ、これで貴様は籠の中の鳥じゃ!食らうが良――ぴいぃぃっ!?」
ガロウの巨体が突進してきたのを私はギリギリで身を捩って回避する。
台詞の途中だったのにぃ……。
でも!
確かに動きはまだまだ速いけど、さっきまでと比べたら少しだけ鈍い。
【重力震】が効いてる!
私に背中を向けるガロウに向けて反撃の一撃を振り下ろす。
「ガアァッ」
ガロウが振り向き様に私を押し退けようと、腕を振るうも、その爪は半歩分私に届かない。
「無駄じゃッ!」
必死に地面を転がって、ギリギリのところでガルドの爪から逃れた私は、正面から反撃の一撃を振るう。攻撃後に隙が出来るのはなにも私だけじゃない。
狙うはその頭上。
「生物の弱点はみな頭と相場が決まっているのじゃよ!」
渾身の力を込めて、私は斧を振り下ろす。
「ギィッ!?」
巨体がゆらめく。
さらに一撃!
「ガアァッ!」
巨体がゆらめく。
さらに一撃!
「ギッ……ィ…!」
ついにその巨体が崩れ落ち――
「とっどめじゃあぁぁぁ!!」
最大火力を叩き込む!
【唐竹割り】を発動させた私の視界が突如霞んだ。
「……ッ!?姉さん!!」
視界が霞む直前、私の目に映ったのは、倒れるガロウが地面の土を拾い上げ、私に投げつけた姿。
目潰し!
砂を拾い上げる為、私の攻撃の隙を引き出す為、一度だけ見た【唐竹割り】を私に撃たせる為に体勢を崩してやられたフリをしていたんだ!
この熊、明らかに知性がある……!
「やりおったな……!熊公!」
霞んだ視界ではどちらに避けていいのかも分からない。
発動中の唐竹割りを無理やりキャンセルして、一か八か右側に滑り込む。
「……ッッ!」
その直後、左脇腹に焼けるような衝撃が走った。
少しずつ戻ってきた視界で状況を確認すると、運よく直感で選んだ回避先の選択は成功したものの、無理にスキルをキャンセルした反動で隙が生まれてしまったようで、ガロウの爪が脇腹を掠めたようだ。
慌てて自分のHPを確認すると――
【HP: 2 / 79】
残り2……!
掠めただけでこの威力。
HPのほとんどを持ってかれてしまった。
いや、0にならなかっただけでも幸運かもしれない。
若草装備に更新してなかったら間違いなく始まりの街に強制送還だったよね……!
「グルル…ッ」
ガルドが嗤った気がした。
「ぐっ……ま、まだじゃ…!」
ガルドがやられたフリをしていたのだとしても、繰り返し入れた攻撃は本気の一撃だ。
向こうだってそのダメージは無視できないものになっているはず…!
両手斧を杖代わりにして、私は何とか体勢を立て直す。
「大丈夫です、姉さん、状況は先程までと変わっていません。このまま作戦通りにーー」
『グッガアアァァァァァァァァ!!!』
ガロウが咆哮を上げた。
東の草原一帯に響き渡るかのような咆哮。
空気が震えた気がした。
――ピシッ
その次に破砕音。
地面に出来た水溜まり、そこに張った薄氷を踏みつけた時のような音。
その音は繰り返し断続的に周囲で鳴り続けている。
「こ、これは……やっっばいのじゃああぁぁぁぁ!!!!」
周囲を覆っていた【重力震】の結界が一斉に砕け散った。




