骨董品専門店オホーツクへようこそ! ~勇者ナカジマと呪われた魔剣~
俺はワカサギ、骨董品専門店オホーツクを経営している。
ホッカイ大陸の南に位置する、大きな町ユーバリと田舎のポロッサの真ん中にある店だ。
異世界から流れてくる不思議な道具――骨董品。
オホーツクの仕事は、その鑑定と売買。しかし骨董品はあまり出回らないものであり、この店の知名度も高くないことから、オホーツクはだいたいいつも閑古鳥が鳴いている。
そんな危機的状況を打破するために、とっておきの秘策を実行することにした。
「ミナト、あなたをオホーツクから追放します!」
「えっ!?」
日曜日の夕方、客のいない静かな店内に響き渡る声。
銀髪を短く切りそろえキリリとした美しい顔立ちのシシャモが、ゆるふわの金髪にタレ目が特徴的なおっとりとした美少女ミナトに指をさし宣言している。
俺はそこから少し離れた位置にある椅子に座り、ふたりのやり取りを真剣に見守っていた。
「シシャモさん、な、なんでわたしを追放するのぉ?」
「ミナト、あなたは幼すぎる。こういった異世界の骨董品は、読者の需要を考えて如何わしい道具を取り扱うでしょ? そんな時に大人の対応ができないあなたは戦力外なのよ」
「私だってもう十五歳だよぉ、子供じゃないもんっ!」
「甘いわね、異世界では十八歳以上じゃないと取り扱えない商品がいっぱいあるのよ!」
「そ、そんなぁ……異世界恐ろしすぎるよぉ……」
シシャモはミナトの崩れ落ちる肩を優しくポンと叩く。
「ミナト、あなたはこの私が唯一認めた天然系美少女。追放物は異世界でもっとも流行っているし、他のお店でも看板娘としてやっていけるわ」
「シシャモさん……」
美少女同士が見つめ合う――いかんいかん、このままでは追放物にのっかり、オホーツクを繁盛させるためにやってもらっている追放劇が台無しになってしまう。このまま百合な展開を見続けたいという気持ちを抑え、俺は二人の間に割り込んだ。
「はい、カーット! よかったよ、ミナトちゃん! いたいけない美少女が追放されるという展開は需要が高いんだぜ! これでオホーツクも繁盛するな!」
「追放されて成り上がるのは当事者のわたしであってぇ、追放したオホーツクは報いを受けて潰れてしまうのではぁ?」
「あっ」
「「そんなバカなことやってないで仕事してください!」」
「はい……」
さっきの仕返しとばかりにミナトからお説教されていると、カランコロンと鈴が鳴ってドアが開く。
そこにはこの町で一番有名な人物、眼鏡が似合う好青年、勇者ナカジマの姿があった。
予期せぬ来客に固まってしまうが、シシャモが対応してくれた。
お説教から解放されたのだが、何やらピリピリとした空気が漂ってくる。
「骨董品店だと聞いたのですが」
「ええ、そうです。ここらで一番の鑑定と売買、アフターケアまで含めた随一のお店だと自負しております」
「ではさっそく、この『呪われた魔剣』を見ていただきたいのですが……」
呪われた魔剣……あの勇者がいうのだから相当やばい骨董品に違いない。
なにやら、ただならぬ雰囲気に全員がゴクリと唾を飲む。
「気をつけて鑑定してください」
布で厳重に包まれたそれをゴトリと商談テーブルに置き、中から現れたのは金属質の鈍器のような物。
形はこん棒に似ていて太い先端がだんだん細くなっていき、持ち手らしい部分は何やら黒いゴムのようなもので覆われている。鈍く銀色に光っていて、へこみは一つもない。見たことのない武器――まごうことなき骨董品である。
シシャモは呪われた魔剣の前に手をかざし目を閉じた。
「では……鑑定します。銘は――『ヤキュウバット』。ヤキュウといわれる球技に使われる道具。特別な力はありませんが金属製なので鈍器としても扱うことができます」
剣というよりは鈍器だったんだな。
それより不思議なのは、特別な力のない鈍器が『呪われた魔剣』として扱われていることだ。
「そんなわけない! 僕はそのヤキュウバットを手にしてから、三回空振りすると一死になるような気がして、怖くて魔物と戦えなくなってしまいパーティーを追放されたんですよ!」
てか、一死ってなに? 死ぬの!? それよりも勇者なのに怖いとかどういうこと? というか勇者なのに追放されたのか! っと、いろいろと突っ込みを入れたい気持ちをぐっと抑え考える。
シシャモの鑑定はいつも完璧で間違えたことはないし、勇者ナカジマがわざわざ嘘をつくこともないだろう。このヤキュウバットには何か秘密があるのではなかろうか。ここは別の角度から鑑定してみよう。
俺はヤキュウバットに手を伸ばす。
「おっと。直接触ると、呪われますよ」
「そうしたいのは山々ですが、俺の鑑定は特殊なもので物に触れないとできないんだ」
ヤキュウバットに触れると、視界が真っ白になりふたりの少年の楽しそうな姿が脳裏に浮かんだ。
坊主頭の少年が「いくぞナカジマ」の掛け声とともに真っ白い球を投げ、眼鏡をかけた少年がヤキュウバットで打ち返す姿が見えるとすぐに視界が元に戻った。
今のがヤキュウという球技なのだろう。シシャモの鑑定では特別な力のない鈍器だということだし、呪われているのはヤキューバットではなく、ナカジマと呼ばれていた少年と勇者ナカジマの関係性ではないだろうか? 他に手がかりになるものはなかったし同じことをしたら何か見えてくるかもしれない。
「ナカジマさん、ヤキュウをやってみませんか?」
「え? ヤキュウについてわかったんですか?」
「ええ。俺の鑑定は少し特殊で、物に触れると過去を少しだけ見ることができるんですよ」
「そいつはすごい」
ヤキュウバットはここにあるし、あとは真っ白い球が必要になるけど、うちの店に使い道がなかったナンシキボールがあったはずだよな。
「ミナトちゃん、ナンシキボールをとってきてくれ」
「そういう如何わしいお願いはセクハラですよぉ?」
ナンシキボールをとってきてもらうのってセクハラなのか? さすがミナト、天然系美少女といわれるだけはあるな。ほんとさっぱりわからない……。
俺はミナトからボールを受け取るとナカジマをつれて街はずれ広場へ向かった。
夕暮れ時とはいえ日曜日なので、広場の中央部には多くの人で賑わっていたので、周りの人にできるだけ迷惑をかけないように広場の端っこを使わせてもらうことにした。
「俺がこのナンシキボールを投げるので、そのヤキュウバットで打ち返してください」
「ま、待ってください! 空振りすると一死になってしまうんですよ!?」
「大丈夫、打ちやすいところに投げますし、三回空振りしなければいいわけですから、万が一、二回空振りしたら俺と交代すれば問題ないはずです」
「わ、わかりました」
ナカジマが打ちやすいど真ん中に投げると、いとも簡単に打ち返した。
「イソノ、ヤキュウしようぜ」
高々と上がる打球を追っていたナカジマがつぶやいた。
「あれ? 僕は何を言ってるんだ?」
そういうことか……やっぱりあのナカジマと勇者ナカジマには繋がりがあるようだ。そしてイソノとヤキュウがしたいんだな……。
「やろうぜ」
「え?」
「俺の親父は異世界からの転移者でな、苗字はイソノっていうんだ」
「それは本当ですか?」
俺は無言で頷きナカジマの肩に手をのせた。
「イソノ、ヤキュウやろうぜ!」
「あぁ! やろうぜナカジマ!」
俺たちは時間を忘れてヤキュウを楽しんだ。
何も知らないはずなのにナカジマの動きに合わせて体が動く。
球を投げて打ち、打たれた球をとる――三回空振りすると一死になる、ということも忘れ、ヤキュウにのめり込んでいく……。
ヤキュウがこんなにも楽しいものだなんて……いや、ナカジマと一緒にやるから面白いんだろうな。そう、これからは相棒とヤキュウを目一杯楽しもう。
夢中になりすぎて体力の限界までヤキュウを楽しみ、疲れ果てて寝転がると朝日が昇っていることに気がついた。俺は店に帰り、シシャモとミナトに思いの丈を話すことにした。
「俺、ナカジマと一緒にヤキュウ選手になるんだ!」
「「そんなバカなことやってないで仕事してください!」」
「はい……」
現実は甘くなく、また月曜日がやってくるのであった。