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古代都市の狂騒と静寂のなかでも腹は鳴る(3)

 南北に走る大通りから西に三本入った一角に、ひときわ人の集まる見世物が出ていた。その見世物は「ほー」と珍しそうな、「ひぃ」と不気味そうな、「すげー!」と興奮した、さまざまな反応を呼んでいた。


 好奇の目を集めていたのは世にも珍しい、熟女の魅力について熱く語る猫だった。

 熟女好きな猫、すなわち泉準一は「絶対に嫌です!!」と爪を立ててしがみつき泣きわめいていたが、そんな泉の耳元でキョー助はささやいた。


「年増がいいなんてどうかしてるぞ」


 キョー助の囁きに泉の猫の目が獰猛な肉食獣の目に一変した。


「聞き捨てなりませんね」


 泉は近くの空き箱の上にひらりと飛び乗ると、キョー助を見下ろし、虎のごとく吠えた。


「あなたは女性は年齢、容貌、血筋で価値が決まるとお思いか?女性の価値は……いやそもそも女性を価値で測ること自体ナンセンス!。価値というのは聖人を銀貨何枚と見る考え方だ。あなたは人間を物だとお考えなのか?


 血で血を洗う競争の世界で、女性が与えてくれるつかの間の安らぎが何かと交換して与えらるものだとお考えか??もしそうだとしたら、あなたは救いようのない愚か者です!」


 人が変わったような、いや、猫が変わったような泉の痛罵に、キョー助はうっすらほくそ笑んだ。泉が激昂し熟女の魅力について熱く語り始めるや、客が大いに湧いた、大ウケだったからだ。


 思惑通りに踊ってくれる猫に笑いを抑えられないキョー助と、その顔を見てさらに激昂する泉。そして泉が熱くなればなるほど見物客の人だかりは大きくなっていった。





 1時間後。キョー助の前には、小銭でいっぱいなった箱と、ぐったりうなだれるくたびれた猫がいた。


「魂を売った気分です」


「人は腹が減ればなんでもするさ。たとえ禁じられた実を食べるとかでもな」


「それで楽園を追放されるんですか?笑えませんよ。現実世界すら失おうとしているのに」


 泉が憮然としていると、そこに一人の若い女が声をかけてきた。


「ねぇねぇ、さっきの口上なかなかだったわよ。猫なのによくわかってて感心だわぁ!」


 若い女は金糸で編み上げられたポーチから飴を数個取り出して泉に手渡した。泉も「あ、ありがとうございます……」と半端な笑顔で肉球の付いた両手で飴を受け取る。


 その若い女はキラキラとたなびく深緑色のワンピースをゆったりと纏い、首や手首、足首には小さな宝石が付いた金鎖のアクセサリーを揺らめかせていた。どこかお金持ちのお嬢様のようだ。お嬢様は両手で猫の泉を抱き上げると、大きな指輪を4つつけた瑞々しい手で泉の頭を優しく撫でた。


「この子が人間で、私があと30歳若ければほっとかなかったのに」


 お嬢様はそう言い「あっはっはっ!」と豪快に笑った。

 その楚々とした見た目との差に、キョー助は思わず「そんなに若返ったら母親のお腹の中じゃないですか」とツッコミを入れてしまう。お嬢様の艶をたたえた長い黒髪、シワひとつ無い白絹のような肌、スラリと伸びた手足を見るに、彼女が三十より年をめしているとは思えないからだ。


「あなたも若いのにお上手ねぇ」


 お嬢様はニンマリ笑うと機嫌よく金糸のポーチから飴を取り出してキョー助に手渡した。


「わたしね、こうみえても58歳なのよぉ」


「え……?」


「にゃ……?」


 一人と一匹の驚きように、緑の服を纏ったお嬢様はさらに機嫌をよくした。そして小銭で一杯になった箱を見て聞いてきた。


「あなた達、芸人さんなの?」


「え、ああ、まあ……」


「それなら納得だわ。芸人さんなら投銭は勲章みたいなものよねぇ。この街でわざわざ小銭を稼ぐなんておかしいと思っていたのよぉ」


 見た目うら若いお嬢様が、おばちゃんがするのと同じように手を振り、体をよじり、喋る倒す姿はなかなか奇妙だ。


 キョー助ははっとして泉に「女を見た目で判断するなというのはこういうことか?」と目だけで問うが、泉は「そういうことじゃないです!」とやはり目で返す。


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