大灯台(10)
嫌な感じにたまらずキョー助はあたりを見回した。
赤城は姫を探している。
由木の姿は見えない。いまは身を隠しているはずだ。
あのときみたいな白い車なんて走ってくるわけがない。
春日は……。春日はキョー助を見ていた。
春日の中のなにかがキョー助を見ていた。不気味な違和感にキョー助は春日の目の奥をうかがい、後悔した。春日の目の奥に、あの冷たくて静かな暗闇があった。あの暗闇が春日の中からキョー助を覗き込んでいたのだ。
キョー助の全身が震える。春日の中の暗闇はキョー助の背後も見ていた。振り返ると魔王の後ろ姿があった。
まさか。嫌な感じが喉までこみ上げてきた。
ガギン。
頭上で空が割れたような巨大な音がした。音はアレキサンドリアの街中に響き渡った。
キョー助も赤城も反射的に空を見上げた。月も星も灯台の明かりもなく、ただただ暗い空。
次の瞬間、キョー助の視界いっぱいに巨大な白亜の壁が落ちてきた。
白亜の壁は轟音を上げて海に落ち、海を割り、堤防とその上にあったもの全部を叩き潰した。
キョー助は眼の前を白い壁に塞がれ、頭の中が真っ白になって立ち尽くした。
後ろで赤城が叫んでいるが、耳鳴りで何も聞こえない。
ふっと、キョー助の唇に残っていた柔らかい感触が消えた。
魔王は?
真っ白だったキョー助の意識が一気に色を取り戻していく。
壁の全体が見えてきた。高さは20メートル以上、幅は50メートル以上ある。キョー助は目を疑った。白亜の壁の端に大灯台の先端がついていたのだ。
まさかとキョー助は大灯台を見上げ、そして唖然とした。
なんと大灯台の上部1/3がなくなっていた。キョー助の眼の前に横立っている白亜の壁は、大灯台の上部だったのだ。
赤城が何をしようが壊せないと言っていたのに、まだ魔王は機雷を爆発させていないのに、それなのに、大灯台が折れてしまっていたのだ。
「魔王ーー!!!」
轟々と逆巻く海に向かって、キョー助は喉から血が出るほど叫んだ。
だが返事はない。落ちた大灯台に駆け寄るも、巨大な質量の前に何もできない。
「どけ!」
赤城がキョー助を突き飛ばした。赤城は左腕に抱えた姫に回復魔法をかけながら、落ちた大灯台に向かい右の拳を振りかぶる。右の拳に光が集まり、星のようにまばゆく輝く。
「おおっ!!」
赤城が拳を振り下ろすと、ドンっと白い壁に大穴が空いた。次の瞬間粉々に砕けて海に崩れ落ちていった。
もうもうとしたホコリの中、キョー助の目が大きく見開かれた。
破壊された堤防の上に、赤黒く染まったボロボロのピンクの布切れがあった。ピンクの布切れのいたるところから、布が包んでいた中身が、臓物が飛び出していた。キョー助はボロボロの布切れを瞬きもせず見つめ、へたりこんでしまった。
いきなりキョー助の膝の上に、白いものがそっと降ろされた。アレキサンドリアの姫だった。姫はスースーと穏やかに眠っている。キョー助が呆然と見上げると、赤城が怒鳴った。
「今度余計なことをしたら本当に殺すぞ」
「……なにを」
「蘇生魔法を使う」
「魔王を生き返らせるのか?」
「いま死なれたら俺も困るからな」
「できるのか?」
「この世界で俺に不可能はない」
赤城はそういってジャンプした。そして魔王の遺体のもとに膝をつき両手をかざすと、赤城のまわりに銀色の光がゆっくりと集まっていった。
キョー助は全身から力が抜けた。涙が流れた。よかった。本当によかった。
赤城を包んでいた銀色の光がさっと消えた。蘇生が終わったのかとキョー助は様子をうかがう。
赤城はもう一度両手をかざした。銀色の光が集まっていき、さっと消えた。
赤城は三度両手をかざした。銀色の光が集まっていくが様子がおかしい。蘇生魔法の光がさっと消えた。赤城は膝をついたまま動かない。
「どうしたんだ!」
キョー助が呼びかけた。だが赤城は振り返らない。
「おい!赤城さん!!」
もういちどキョー助が呼ぶと、赤城が首を振った。
「蘇生魔法が効かない」
「なんだって?」
「だから魔法が効かない……いや作動しない!」
キョー助は姫を抱えて立ち上がり、魔王のもとへ急いだ。間近でみた魔王の遺体は、血と肉と汚物の塊だった。醜怪な現実を目の当たりにしキョー助の声が荒ぶる。
「あんたに不可能は無いんじゃなかったのか!?」
「ああそうだ!俺はどんな状態異常でも確実に回復できる」
「できてないじゃないか!」
「俺にもわからないんだよ!!」
赤城は怒鳴り返し、四度両手をかざし銀の光を集めるが、魔王はもとに戻らなかった。




