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ただの点と線の塊(4)

キョー助は宿屋兼魔王のアジトに戻った。


 カランカランとドアの鈴を鳴らすと、剥げたおっさんAとBと痩せた女が隅のテーブルを囲み、がんばって馬鹿話を盛り上げようとしていた。3人の顔は昨日よりもやつれてみえる。魔王に住み憑かれたせいでなんと気の毒なと、キョー助はおっさんたちに同情しながら階段を上がる。


 2階の廊下は暗くしんとしてる。キョー助は少し早足になって一番奥へと歩いていく。4番目のドアをノックをすると「どうぞー」と返事が返ってきた。


 ドアを開けると、部屋は窓に厚いカーテンが引かれ、机にランプが一つ灯されていた。


 魔王は真新しいフリルがフリフリのピンクのワンピースを着て、机に肘を付き、スカートからなめらかな腿を晒して素足を組んでいた。顔に柔らかな影がかかり、紅の瞳は床を見たまま動かない。魔王はそのままの格好で「おかえりぃ」と言う。


 キョー助はしばし魔王がいる風景に見とれていたが、床を見て我に返った。床できたパピルスの沼の真ん中に、首のない干からびた死体が浮いていたのだ。


「これは?」


「昨日、うちが頭を吹き飛ばした死人やぁ」


「あの中にこんなジジイがいたのか?」


「昨日までは肉付きのいい兄ちゃんやったんやけどな。まあ座りぃ」


 死体が珍しいキョー助に、魔王がベッドを指差す。


 魔王のベッドか。ちょっとムラムラしてくるが、それを振り払ってキョー助は助走のため少し後ろに下がった。床は文書の底なし沼だ。落ちたら何をされるかわからない。


 慎重に目で距離を測り「よっ」とジャンプする。計算通りベッドのへりに着地、と油断したらベッドから足を滑らせ、床の死体を蹴ってしまった。「わるい!」と謝りながら振り返ると、ミイラの腹が割れている。死体はカサカサに乾ききっていた。


「死体って一晩でこうなるのか?」


「砂漠で1週間天日干ししても、こうはならんやろなぁ」


 魔王の足がミイラへと伸びた。ランプ一つ灯る部屋で異国の文字の沼に浮かんでいる首のないミイラに、眩しいほど白い少女の素足が触れると、ミイラは音もなく割れた。魔王の足がミイラを弄ぶと、ミイラは枯れた花のように崩れ、文書の沼に消えてしまった。キョー助はそれをおとぎ話を見ているかのように見とれていた。


「なぁ?カラカラや」


「あ、ああ。魔王がやったのか?」


「見たらこうなってたんやぁ」


「こいつだけ?」


「いいやぁ」


 魔王が赤いマニキュアで彩られた指をついっと上に動かすと、文書の沼がザザザと盛り上がり、下から十数の首のないミイラが浮かび上がって床を埋め尽くした。


「みんな同じように干からびてる。なんでこうなったんか、理由を考えてたんやぁ」


 この首のないミイラたちは赤城の呪いで死人のようにされていた。ミイラ化が魔王のせいではないなら、赤城の呪いが原因だろうか。「あ」とキョー助は思い出した。


「石板」


「ん?」


「昨日の白い石板は何だったんだ?」


 魔王は引き出しから二つに割れた白い石板を取り出した。昨夜、金槌でいくら叩いても割れなかったのに、魔王が死人の頭を吹き飛ばすと割れていた。


「これは借金の証文みたいなもんやぁ」


「借金?教会の護符と関係があるのか?」


「教会の護符とこの石板はセットなんやわぁ。これに誰がどんくらい飲み食いしたか記録してあって、使いすぎたら死人になる呪いをかけられるわけや。でも物理的に壊すのは無理みたいやね」


「でもそれは?」


「昔から借金がチャラになる特別な場合がいくつかあってな、例えば神様に許してもろた場合。これは王様が徳政いうて代行することもあるなぁ。他にも反乱で証文が壊される場合とか、王様が殺された場合とか、あとは本人が死んでもうた場合とかそうや」


「ということは……」


「そう。この石板はこのミイラの中の誰かの証文やったんや。頭をふっとばされたら呪いが解けて、石板も割れた。みんな吹っ飛ばさんでも良かったんやけど、文様を突き合わせるのが面倒でなぁ」


 魔王はころころと笑った。運が悪かったなと、キョー助はミイラたちに手を合わせた。


「教会の護符で飲み食いした分って、どう返済してるんだろうな」


「体で返すんやろ。死んだみたい働かされて」


「それだと、この街はとっくに死人だらけだろ?」


「あ……」


 キョー助の指摘に魔王はキョー助を見つめ、ゆっくり白い指を口元に当てる。


「たしかに、あんな乱痴気騒ぎを毎日やる金、なにで帳尻合わせてるんや?住人たちは何で支払ってる……」


 魔王は机に片肘をつき、ひとり思考に潜っていく。


 少女の赤い瞳は鏡のように静止し、素足がゆらゆらと宙に遊び始める。厚いカーテンの向こうから街の喧騒が遠く聞こえ、ランプが時折ジジジと火を揺らす。キョー助は置物のごとくなって、この静かな眺めを楽しんでいた。


 不意に魔王の足先が床のミイラに触れた。ミイラの肩は音もなくバラバラと崩れていく。それをぼうっと瞳に映していた魔王が、はたと顔を上げた。


「なんでこいつらは干からびたのか。命を吸われてたからや。血債や」


「ケッサイ?」


「血塗られた負債。返済には金やのうて命を差し出せいうやつやぁ」


「命を吸われたらヨボヨボになりそうだけど?」


「ここでいう命というんは火に近い。たとえばじっと寝ている人間よりも祭りで騒いでる人間の方が命の量が多い。活力とか活性度というとわかりやすいかもしれんねぇ」


「人の活力が金の代わりのなるのか?」


 魔王は顔からすべての笑顔を消し、それまでになく深刻な表情で答える。


「金にはならんけど力にはなる。100万も集めればうちらを皆殺しにもできやろ」


 キョー助は、この街が毎日活気で沸騰している理由がわかった気がした。港で働く死人、教会の護符で買い物をしまくる人々、護符の若返りの効果、強制労働させられる死人、死人や魔王を無視する人々。馬鹿話を続けるおっさんたち。


 これらは赤城の行政の結果であり、それはひとえに姫の願いを叶えるためだ。この異様な街を作り上げた姫の裏側にある毒。


 キョー助は「それでか……」とつぶやき、苦笑した。


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