自称魔王様はひとり地獄で微笑む(6)
魔王は床で重なってる男と女を見下ろし「死人のくせに」と由木を蹴り飛ばした。由木の体が暗い廊下で糸の切れた人形のように転がる。窓から滲む明かりの中で、コンクリート色の肌をした由木と、泥の目をしたお嬢様が捨てられたように転がっている。
キョー助は、刹那、二人がモノに見えた。そう見えた自分にゾッとした。キョー助は化物から目を背けるように、いそいで魔王に聞いた。
「なんなんだ、こいつら?」
「うちのコレクション。赤城はんの呪いで死人になった連中や」
魔王の口調は穏やかになっていた。
「なんで集めてるんだ?」
「赤城はんの秘密を調べてるんや。あれは魔王のうちより10倍は強い。いくら勇者やいうてもそんなの異常や。おかしい。ありえへん」
「こいつらと赤城さんの強さに関係があるのか?」
「かならずある。いま世界には異常が2つある。一つは赤城はんの強さ。もう一つが動く死人。この2つは同時に起きたんや」
「魔王のコレクションになぜ由木がいる?」
「由木ぃ?」
「お前が蹴飛ばしたあいつだよ」
「あれも死人やからやなぁ」
「由木は死んでないだろ」
すると魔王はケラケラと笑った。
「こんな血色の悪いのが生きているわけぇないやん」
「でも……」
「魔王様が間違うなんて無いんやでぇ」
そう言った赤い瞳の美少女の笑顔は、いままで見てきたどの笑顔とも異質だった。
「由木は赤城さんのせいで死人になったのか……」
「それはちゃうやろねぇ。目の色が違うわぁ」
では由木はいつから死んでいたのか。同じ教室にいたときからか、この世界に来たからか。キョー助がぎくりと青くなった。
「……俺も死人なのか?」
由木が動く死人だというなら、同じ世界からきたキョー助も同じかもしれない。そう考えて腹から震えが込み上がってきた。だが魔王はころころと笑う。
「安心しぃ、あんたは生きとるよ。平凡でしょーもないただの人間や。ただなぁ……」
魔王はキョー助の胸ぐらをつかみ、瞳の奥を覗き込んだ。神秘的に揺れる赤い瞳が、キョー助の中の何か見ている。
「あんたは間違いなく数十回は死んでる。なのにえらく綺麗な目をしてるのがようわからんのやわぁ」
「目がきれいだとダメなのか?」
「目を見たら心の傷の程度がわかるんよぉ。蘇生魔法は人を生き返えらせる。でもなぁ、心はそうもいかん。死は心に傷をつけ、数が増えれば心は壊れる。これは魔法でも治らへん。十回も死んだら粉微塵やぁ」
死の記憶は心の傷。キョー助にはよくわかる。あの暗闇の静けさと冷たさは片時も頭の中から消えてくれない。思い出そうとしただけで震える。2回死んだだけでこうなのだ。数十回も死んでいたら既にまともではなくなっているだろう。
「俺が何回も死んでるっていうのが間違いなんじゃないのか?」
キョー助がいうと魔王は「でもなぁ……」と首をひねる。
「73回」
二人の後ろから無機質な女の声がした。見ると由木が立ち上がっていた。薄暗がりの中、フードを取り、刺すような目を鈍く光らせてキョー助を見ている。死神に見えた。
「73回って……何がだ?」
キョー助が恐る恐る聞く。由木は無機質に答える。
「あなたが死んだ回数」
「お、お前は何を言って……」
「あなたは春日涼水に73回殺されて73回生き返っている」
ピシャリとキョー助に軽口を許さなかった由木の目は冗談を言っているものではない。キョー助の視界がぐらりと揺れる。
「ありえません!僕たちはずっとキョー助くんを監視してきました。ですがそのような記録は残っていません!」
泉がたまらず声を上げた。だが由木は静かに首を振る。
「世界も73回改変されてきた。記録も記憶も物理現象レベルで改変されてきた」
「ならば由木さんの記憶も改変されているはずでしょう?」
「私は改変の影響を受けないから」
「なぜですか?」
「私は動く死体だから。別の物理法則が支配する世界から来たから」
泉の足がよろめいた。魔王は「へぇ……」と目を細めている。当の由木は変わらず薄暗い廊下に立ち、静かに無機質にキョー助だけを見つめていた。




