自称魔王様はひとり地獄で微笑む(4)
天井の暗がりの中から、泥のような目がじぃっとキョー助を見ていた。キョー助は金縛りにあったように泥の目から視線を外せない。
だんだんと目が暗がりになれて来ると、天井裏の光が届かない場所に、逆さに吊り下げられた女の姿が、ぼうっと浮かんできた。
女の泥のような目はギョロギョロとキョー助を追い、ぶら下げた白い腕は虚空に蠢き、口がぽかんと黒く開いている。キョー助はこの女が生きているのか死んでいるのか、それ以外なのかわからず、恐怖した。
だが暗がりになれた目は、キョー助にさらなる悲鳴を上げさせた。
目を横に移すと、そこにも泥のような目でキョー助を見ている男が吊り下げられている。その横にも、前にも、向こうからも、泥のような目がこちらを見ている。ぐるり天井を見渡すと、さきにシャンデリアのようなものだと思っていたもの十数個すべてが逆さに吊るされた人間だった。
「なんなんだ、ここは!」
「だからうちのアジトやいぅてるやん」
魔王は事もなげに答えると、悲鳴をあげるキョー助をおいてトントントンと階段を登っていく。キョー助と泉も逃げるように這って階段を上がった。そこには廊下が真っ直ぐに伸びていて、左手に窓が2つ、右手にドアが4つ並んでいる。
明りのない廊下は、窓の前が外の街灯の残余が染み込んでくるだけで、一階よりもずっと暗い。その暗い廊下を、魔王はピンクのフリルがフリフリのワンピースの裾を踊らせ、一番奥の部屋へと入っていった。
キョー助は天井を見た。今度は上に何もぶら下がっていない。それを確かめると、すうっと息を吸って歩を進める。
ゆっくりと1つ目のドアの前を通り過ぎる。
2つ目のドアの前で少し早足になった。
3つ目のドアに差し掛かったとき、背後でドカンとハンマーを打つような音がした。
心臓が飛び出そうなのをこらえて振り帰ると、暗がりの中に一番目のドア開け放れている。
キョー助の目が廊下にできた濃い影に吸い寄せられる。
影の中からゴソゴソ、ゴトン、ズッズッズッと何かが蠢く音がする。床の上をキョー助の方へと近づいてくる。蠢く音が影が薄い所に来たとき、キョー助の悲鳴が凍った。また、あの、泥のような目がじっぃとキョー助を覗き込んでいたのだ。しかも泥の目は2つではなく、4つ、6つ、もっととあった。
キョー助は逃げ出した。これ以上あの目を見たら人のものではない叫びを上げそうだった。泉はすでに逃げていて4番目のドアの中に駆け込んでいく。キョー助も半狂乱で4番目のドアの取っ手を引く。だが動かない。ガチャガチャと力を込めてもびくともしない。
「開けてくれ!」キョー助が壊さんばかりにドアを叩いて叫ぶ。
気がつくと、蠢く音は止んでいた。廊下にキョー助の乱れた息の音が吸い込まれていく
キョー助が肩を上下させ廊下を見ると、泥の目が2つ、じぃっとこちらを見ていた。
引きつったキョー助の目は自動的に泥の目の周りにある、鼻、口、耳、頬骨、艶のある髪、白磁の肌、深緑色の服を次々と捉え、暗闇の中に一人の女の姿を浮かび上がらせた。それは魔王に連れ去られた58歳のお嬢様の姿だった。
どうなったかと心配していた58歳のお嬢様が、眼の前にいる。服のあちこちが破れ白磁の肌が傷だらけになっていたが無事だった。
だがキョー助の表情は恐怖で塗りつぶされていた。お嬢様はこんな泥のような目でキョー助を見なかった。人間じゃないような目、人間ではないものを見る目をしていなかった。そんな目を向けられることが怖かった。
お嬢様が傷だらけになった白い腕をキョー助に伸ばす。抵抗どころか身動きすらできない。キョー助は固く目をつむった。
だが何も起こらなかった。
キョー助が薄く片目を開けると、コンクリート色をした手がお嬢様の首を取り押さえていた。お嬢様の後ろに誰かがいる。
闇の中に制服の短いスカートにスパッツを履き、コンクリート色の生足を晒した女子高校生がフードを目深にかぶって立っていた。その女子高校生は刺し殺すようにキョー助を睨んでいる。
キョー助は心臓が凍ったように痛くなった。それはキョー助を必ず殺すと宣言した由木三星だった。




