自称魔王様はひとり地獄で微笑む(1)
泉は黒焦げのキョー助の傍らで泣き出しそうだった。
泉は離れたところからキョー助たちを監視していた。それは組織の調査員としての本性だった。
赤城がこの異世界の時空とリンクする主人公的な存在なのはまちがいない。赤城を殺せばこの異世界を壊して、現実世界を救うことができる。
だがキョー助は赤城に雷撃に撃たれ、いまにも死にそうだ。
泉はキョー助を直視できなかった。黒焦げになった皮膚の所々が裂け、ピンクと白が混ざった肉から湯気が出ている。右肘と左膝の近くから骨が皮膚を突き破って露出している。右手は赤く焼けた包丁を強く握り続けていてジュウジュウと焼けている。全身が激しく痙攣して壊れたロボットのようだ。
いっそ楽にしてやったほうがいいかもしれない。キョー助ならまた生き返ることができる。そんなことすら泉の頭をよぎった。
キョー助は半分沸騰した脳で、少し前までできていたことを必死に思い出そうとしていた。息ができないのだ。息の仕方がわからないのだ。
焦げ臭い空気が、彼岸花のようにめくれ上がった口内に触れている。これを吸い込めばいいだけなのに横隔膜が動かない。胸をかきむしり肺に直接空気を入れようにも、骨が突き出した腕はキョー助の命令を受け付けない。
苦しい。苦しい。あの暗闇がそこまでやってきている。感覚も、思考も、自分という手触りをすべてを消しってしまう、あの冷たく静かな暗闇がそこまでやってきている。死にたくない、死にたくない……。キョー助は心から震えた。
煤と涙でぐちゃぐちゃになったキョー助の顔に影がかかった。キョー助が動かない眼球の隅で見たのは、西洋人形のような女だった。
女はフリルがフリフリのピンクのワンピースを着て、ハートを模したポーチを肩から下げ、足元は赤のパンプスを履いている。コーカソイドの白い顔に紅いの瞳と金髪縦ロールという美少女で、キョー助がこの異世界で見た中で一番現実離れした容姿をしていた。
街灯がピンクの女の背後から見え隠れするたびにキョー助の瞳孔がわずかに大きさを変える。それを見て女は赤い瞳を陽炎のように艶めかせた。
「生きとるん?」
女は靴の裏でキョー助の上腕を揺すると、黒焦げの肌がズルリと剥けて下から白くなった肉が露出する。女は焦げたカエルのようなキョー助を嬲りながら「おかしいなぁ……」とぼやく。
「やめてください!」
泉がたまらずに声を上げた。
ピンクの女は足元で直立するくたびれた猫を一瞥すると、その首根っこを掴んでひょいと持ち上げた。「へぇ、またけったいやな」と泉の首の下をワシャワシャとくすぐる。泉が「あやややややややめてぇ~くださいぃぃ」と声を上げると、女は赤い瞳を輝かせて、さらに泉の全身をくすぐり始めた。
女のスカートが引っ張られた。見ると、キョー助が肉を露出させた黒焦げの腕を伸ばしていた。地べたに這いずり、ずるむけの唇を震わせ、動かせない目に涙を流している。
「なんやぁ、助けてほしぃんか?」
ピンクの女の問いかけにキョー助は痙攣する全身を使って頷いた。女がキョー助の鼻面を蹴飛ばす。それでもキョー助はスカートを握りうなずき続けた。
「ふぅん……」
女はしゃがみこみ、潰れた虫を見るようにキョー助を観察していたが、やがて口元に嗜虐を浮かべると、ハート型のポーチの中に手を入れながらキョー助にこう言う。
「でもええんかぁ、うちはこういう女やでぇ?」
女はポーチから仮面を取り出して「ばあ」と笑いかけた。横から見ていた泉は猫の全身の毛を逆立てた。泉とキョー助の前に現れたのは、あの58歳のお嬢様を連れ去り、キョー助を爆殺しようとした白仮面だった。
「自分を殺そうとした女に命乞いするんや。その覚悟はあるかぁ?」
白仮面は蝶の羽を毟る女童のように笑う。キョー助は酸素不足で真っ青になった顔をカクカクと動かす。
「もぅ人間扱いされへんかもしれんよ?」
それでもキョー助は女のスカートを亡者のように掴んで離さない。黒焦げの顔を涙で汚し、血の色を失った唇を震わせ女の気まぐれを乞うた。
ピンクの女はにわかに立ち上がりキョー助の手を蹴飛ばした。そしてキョー助の喉を片手で掴み、吊し、頬を紅潮させ嬉々として言った。
「ええねぇ!ええねぇ!その虫唾の走るみっともなさ。素敵やわぁ。気に入ったわぁ。ええよ、ええよ!」
吊し上げたキョー助の真っ青な唇に、女の真っ赤な唇が重なった。それはピチャピチャと音を立て、目を覆いたくなるような、覗き見ざる得ないような猥雑な口づけだった。気が咎めた泉が目をそらした間に、キョー助の体はみるみる回復していった。




