春日涼水の異世界屋台と現地従業員(2)
たこ焼きを焼いていた赤城が声を上げた。
「オーナー、紅生姜が切れそうだ」
「え?今晩は持たない?」
「微妙だな」
「じゃあ補充お願い!」
「そ、それなら俺が行っ……」
「あんたはここにいなさい!」
気配を殺していたキョー助がチャンスだと手を上げたが、言い終わらないうちにまた春日に怒鳴られた。春日は鬼の形相でキョー助を睨み、目を離そうとしない。逃走失敗。
春日はポケットから教会の護符を取り出し赤城に手渡した。赤城はキョー助の肩を叩いて屋台から駆け出していく。キョー助は春日がすでに教会の護符を持っていることに驚いた。
「つぎ、4人前3つと2人前6つ。早く!」
春日が鬼軍曹のように指示を飛ばし、キョー助はイエッサーと取り掛かった。
幸いどうすればいいかは知っていた。鉄板に手をかざして温度を確かめ生地を流し込む。合間にタコを茹で、一口大に切り、次の生地を作る。客は途切れず休む暇はない。
それでもキョー助はなんとか一人で調理を回していたが、おもわず「春日といい由木といい、俺のまわりにはこんなのばっかりか……」とボヤキが漏れた。と、ゾクリと全身に悪寒が走った。
顔をあげると接客をしていた春日が目を日本刀のように光らせてこちらを睨んでいる。キョー助の全身がガクガクと震えだす。
春日は包丁を叩きつけるような声で「替わりなさい」と命令し調理に回った。
すると屋台の回転率が一気に上がった。料理研所長の名は伊達じゃない。その分キョー助の負荷も増えたが、接客は思ったより楽だった。
注文を聞いて品を手渡す。基本的にはこれだけだった。教会の護符のおかげで会計の手間がまるまる省かれている。
しかし春日がキョー助に楽をさせるはずもなく、片時も目を離さずに「声が小さい!」「笑顔で!」「ブサイク!」と怒鳴ってきた。春日に指示され貶されなれての接客は3倍キョー助を疲れさせた。
「ありがとうごがいまじたぁ~!」
キョー助の声が枯れ切ったころ、やっと行列が解消した。キョー助は袖で汗を拭い、水で喉を湿らせて一息つく。すると春日が無言でたこ焼きを盛った舟皿を突き出してきた。
「な、なに?」
「賄いよ。紅生姜抜きだけど贅沢言うな」
春日はぶっきらぼうに言った。アツアツのたこ焼きを受け取ると、キョー助の腹が派手に鳴った。
「そ、それじゃあ、いただきます……」
キョー助がたこ焼きに刺された爪楊枝に手を伸ばす。ソースと青のりの香りに、腹の音が止まらない。よだれが口の中にあふれる。そして春日が睨んでいる。すごい睨んでいる。
するとむかし春日に食わされた異形のたこ焼きの恐怖が鎌首をもたげてきた。
「あ、赤城さん遅いな。どこまで紅生姜買いに行ったんだ」
キョー助がもろもろ耐えられなくなって言うと、春日は小さくため息をついた。
「工場が少し離れているのよ」
「工場?店じゃなくて?」
「製造を委託しているのよ」
キョー助はあんぐりと口を開けた。異世界に来てからまだ一晩明けていない。そのわずかな時間で料理研所長殿は、屋台はおろか食材の開発までしたというのか。
「どうして屋台を始めたんだ?」
キョー助が聞くと、春日がジロリと睨んできた。キョー助は脂汗をにじませて「いや、別にいいんだけどな」と逃げを打つ。春日はそっぽを向くとふてくされたように言った。
「あんたが勝手にいなくなったからよ」
「……は?」
「目立つことをしてたら、あんたがよって来るんじゃないかと考えたのよ」
「それでたこ焼き屋?」
「そうよ。気になったでしょ?」
たしかに。キョー助は自分が飛んで火にいるただのバカのように思えて落ち込んだ。
「資金や資材はどうしたんだ?」
「赤城さんが手伝ってくれたわ。教会の護符を教えてくれたおかげで問題なかった」
「それでも知らない世界で店を成功させるなんてすごいな」
キョー助は素直に褒めた。春日は少しだけ困った顔をみせたが、すぐに胸を張り居丈高になる。
「当然よ。私の思い通りにならない事なんて、あんた以外に無いんだから」
「俺だけ例外なのか」
「あんたは私の悪夢よ」
「あははは……」
キョー助が春日の剣幕にジリジリと後ずさると、春日が舌打ちした。
「食べないの?」
「お、おう」
キョー助は春日のプレッシャーに押されて爪楊枝を手にする。しかしまた過去の恐怖で手が動かなくなった。すると春日はキョー助からたこ焼きを奪い取り、パクパクと食べてしまった。
「あー……」
キョー助から未練か安堵かわからない声がでると、春日はキョー助を見ないで言う。
「いいわよ。帰ったらちゃんと作るから」
紅生姜の問題じゃない、とは言えないのをごまかすようにキョー助は口を動かした。
「帰るってどこに?」
「現実の日本に決まっているじゃない」
そうだった。キョー助はそのために春日を探していたのだ。
「屋台はいいのか?せっかく繁盛してるのに」
「ええ。あんたをおびき寄せるためにやってたんだから」
「そうか」
「それで、どうやって帰ればいいの?」
春日がコテンと首を傾げた。
「え……?」
キョー助も同じように首を傾げた。二人は赤城が紅生姜を抱えて帰ってくるまで、そのままの格好で見つめ合っていた。




