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古代都市の狂騒と静寂のなかでも腹は鳴る(6)


 街にはアルコールが回りきっていた。その中にキョー助はキラキラとした深緑色の服が揺らめくのを見た。20代に見える58歳のお嬢様だ。酒を飲んだのだろう。ごきげんな様子で南北の大通りへと歩いていく。


 キョー助が声をかけようとしたとき、深緑色の後ろ姿が糸が切れた人形のように倒れた。

 最初、キョー助は見間違いだと思った。お嬢様の横をすれ違っていく人々が一人も見向きしなかったからだ。

 だがお嬢様は倒れたまま動かない。

 泉に「おい」と呼びかけると、泉はそれより早くお嬢様の元へと駆け出していた。キョー助も泉の後を急いだ。


「大丈夫ですか?!」


 お嬢様に駆け寄り大声で呼びかけるが、お嬢様は動かない。


「おい、お前もなんかしろ!」


 キョー助は呆然としている泉に怒鳴った。ゆっくり振り返る泉の声はかすかに震えていた。


「……息が……脈も……」


「!?」


 キョー助は額を地面にこすりつけ、お嬢様の口元に耳を寄せる。だが聞こえるのは雑踏と喧騒。指の腹をお嬢様の手首、そして首元に当てて固唾をのむが、白絹の肌は冷たく固くなっていく。


「すみません!病院はどこですか!」


 キョー助は横を通り過ぎようとする男二人組に尋ねた。だが男たちは笑いながらキョー助を無視して行ってしまった。


 キョー助は次にいちゃつきながら歩いていくカップルを捕まえた。しかしカップルは互いを見つめ合ったままで、キョー助のことなど目に入っていない。

 キョー助は女の肩に爪を食い込ませて「医者はどこですか!」と怒鳴る。だが今度も同じだった。女はキョー助の腕を簡単に払いのけると、何もなかったように男に胸を触らせながら行ってしまった。


「なんで……」


 キョー助は立ち尽くす。幸せそうな人の群れは、倒れたお嬢様を横を流れていく。だれも倒れた人間を顧みない、助けを求める声が届かない。活気で沸騰する街のただ中で、そこは異様に静かだった。


「キョー助くん!」


 泉が叫んだ。振り返るとそこには白い仮面をつけた何者かが立っていた。全身ピンクの服を着て手に鎖を持っている。無数の人間の流れの中で、仮面の向こうからの視線だけがキョー助を捉えていた。

 こいつが救急隊員じゃないのはたしかだ。キョー助が一歩を踏み出すと、白仮面は鎖を投げお嬢様の首を縛り上げた。


「!?」


 キョー助はとっさに鎖を掴み引き剥がそうとする。


 白仮面はキョー助たちに背を向け鎖を引いた。キョー助は抵抗するが、白仮面はお嬢様と抵抗するキョー助もろとも引きずり、なんと単車並みの速さで走り出した。


 なぜか人混みが割れ白仮面の前に道ができ、速度がどんどん上がっていく。キョー助の体は地面の凹凸に大きく跳ねて叩きつけられ、屋台に激突して大破させ、石壁に皮と肉が削られていく。


 「があああ!」


 キョー助は悲鳴を上げながらも、決して鎖を離さない。白仮面は余分な荷物に舌打ちすると、一転、キョー助に飛びかかった。キョー助も迎え撃とうとするが、体がいうことを聞かない。白仮面はキョー助の前に左足を踏み込み、右足を後に振り上げ、飛びこんだ勢いに常人ではない脚力を加え、キョー助の腹を蹴りぬいた。


 キョー助の体は潰れたくの字になって吹き飛び、近くの屋台に激突して瓦礫の山に変え、赤黒い血をぶち撒けた。白仮面は動かなくなったキョー助に何かを放り投げると、鎖をジャラリと鳴らしてお嬢様を引きずり去っていった。


 白仮面が投げたそれはカラカラと瓦礫の上を転がりキョー助の顔の前で止まる。キョー助の血の気が一気に引いた。爆弾だ。


 キョー助はボロボロの体を励まし逃れようとするが、爆弾はその暇を与えない。一塊の閃光が弾けると、轟音と火炎と爆風がキョー助の顔前で荒れ狂った。

 死を覚悟していたキョー助はそっと目を開けた。


 またあの天井が……見えなかった。


 つんざく耳鳴りのなかで見えているのは、もうもうと立ち込める白い煙と、赤黒い血溜まり、そしてゴツいブーツ。見上げると男の分厚い背中がそびえていた。

 首を少し動かすと、体が道路工事されてるように痛んだ。その痛みにキョー助は安堵した。体の感覚があり、自分がいるという実感があった。それは無音で冷たい死の暗闇に消えていく絶望感に比べ、とても心地よかった。


 キョー助はそびえる背中に向かって「あんたは?」と言った。だが声は亡者のようなうめきにしかならなかった。

 男がかがみ込み、キョー助の頭をガシガシと撫でてきた。何か言っているようだったが耳鳴りでなにも聞こえない。


 するとキョー助はいつのまにか体が痛くなくなっていることに気がついた。ブーツの男が「立てるか?」と手を差し出す。耳鳴りも止んでいた。男の手を取り立ち上がることができた。体が自由に動いた。キョー助は自分の体をまじまじと見て、つぎにあたりを見た。足元には屋台の瓦礫があり、周囲50mは更地になっていた。


「間に合ってよかったよ。回復魔法はサービスだ」


 ブーツの男が笑った。


「助けてくれたのか?」


「オーナーの命令だからな」


「オーナー?」


 そのとき何者かがキョー助の背後から首にヒヤリとした物をあてた。鋭い痛み。そして首から生温かいものが流れ出していく。


「私の店になんてことしてくれるのよ」


 背後の女の声に、キョー助は流れ出る血が凍った気がした。キョー助がゆっくりゆっくり後ろを振り返ると、春日涼水が出刃包丁を手にし鬼のように笑っていた。


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