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古代都市の狂騒と静寂のなかでも腹は鳴る(5)

 お嬢様に教えてもらった場所には日本の夏祭りの匂いが立ち込めていた。その真中に、手書きの可愛いタコが踊る暖簾をつけた屋台があり、若い女が威勢のいい声で客に舟皿を手渡していた。春日涼水だ。


「盛況ですね!」


 泉が感嘆の声を上げる。キョー助は沈黙している。


「さすがは料理研所長殿です」


 泉は、接客し、従業員を労い、手が空けば客に愛想を振りまく春日を賞賛するが、キョー助は沈黙している。


「どうします?挨拶だけしておきますか?」


 泉が行列の客を数えながらキョー助に言うが、やはりキョー助は沈黙している。


「キョー助くん?」


 見るとキョー助は唇を真っ青にし、脂汗を流し、肩を震わせていた。


「だ、大丈夫ですか?」


「死ぬよりはマシ……だと思う」


 いまキョー助は、生き返るために春日に会うことが死ぬより怖かった。


 春日が不意に背伸びをしてあたりを見回した。その視線がキョー助をかすめた途端、キョー助は猟銃を向けられた兎のごとく全身全霊で逃げ出した。

 人とぶつかり、テーブルをひっくり返し、数え切れない罵声が浴びせかけられたが、キョー助はそれら全部を置き去りにして逃げた。


「……くん、キョー助くん!!」


 気がつくと、くたびれた猫が肉球でキョー助の頬を叩いていた。キョー助は慌てて前後左右と天地を確認する。


「……春日は?」


「大丈夫。追ってきていませんよ」


 キョー助は息を整えながら、あらためて周りを見渡した。そこは街の端で、星がたくさん見える。目の前には真っ黒な海が広がっていて、明かりをともした船がぽつりぽつりと浮いていた。海からは水気を含んだ風が吹き、それがキョー助の心を落ち着かせていった。


「また港に戻ってきたのか……」


 しかしここが北の港ではないと気がついた。あのタワーマンションほどの高さのある大灯台が見えない。


「ここは街の南側です。目の前に広がっているのはマレオティス湖ですね。ナイル川から運ばれた土砂が長い時間をかけて細長く堆積して、河口を海と湖に分けました。アレクサンドリアはその細長い土地に作られた街なんです。水気を含んだ海風の正体は、砂漠から海に向かう陸風が、この湖の上を通るときに水気を含んだためでしょう」


 泉がアレクサンドリアの地理について講義をする。

 よくよく見ると、ここでも夜陰の中かなりの人数が働いている。だがここでも人の声が聞こえなかった。みな声活気なく、ろくに光もない中で粛々と働いているのは北の港とまったく同じで、岸についた船からぞろぞろと港の労働者が降りてくる様子などは、昔のゾンビ映画を思い出させた。


キョー助は息が整うと立ち上がった。


「春日の屋台に戻ろう」


「大丈夫ですか?」


 キョー助は傷だらけになっていて、一つ一つの傷がじわじわと痛み出してきていた。


「燃やされても元に戻る体だからな」


 春日から逃げていては生き返られない。キョー助は痛む体を引きずり市街に向かった。


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