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腕の見せ所

 彼女が指を指す先には大きなショーケース。ここに来た時に何度か目に入っていたが、中身が空だったのであまり気に留めなかった。なるほど、あれはそういう事だったのか。


「ひょっとして、今から作るの? 開店って三時間後なんだろ?」


「そうよ。まあ、作るっていっても残り二種類だけだから少し急げば何とでもなるわ。さっき途中で材料切らしちゃったからわざわざ買い出しに外へ出たのよ。そうでなきゃ、あんな気持ち悪い晴天の下を歩こうなんて絶対思わないわ。じゃあ、あたしはそろそろ厨房に入るからあなたはどうぞごゆっくり」


 彼女はそれだけ言い残し、外では重そうに持っていた大量の紙袋を片手で軽々と持って店の奥へと消えていった。なるほど、さっきは太陽の下にいたから力が出なかったのか。流石は吸血鬼。女性らしい華奢な体付きだがとんでもない怪力を秘めているようだ。彼女が本気で襲ってきていたら俺でも危なかったかも知れない。俺は胸を撫で下ろしつつ、再び椅子に腰かけて何をするわけでもなく再び店内を見渡した。


 女吸血鬼の営むケーキ屋だけあってゴシックホラーな雰囲気の中にもオシャレでどこか可愛らしさを感じる。


 カボチャを刳り抜いたジャック・オ・ランタンや愛嬌のある顔をしたコウモリのぬいぐるみ、ピンクのリボンをつけたドクロの置物などの小物がたくさん飾られていて、まるでハロウィンのパーティー会場のようだ。そして店内の清掃も隅々まで行き届いている。


 高所にあるシャンデリアに埃が溜まっていなかったのがその証拠だ。テーブルの上に埃が落ちないように配慮して小まめに脚立か何かで登ってきれいに拭いているのだろう。提供している紅茶の質やケーキの味。見落としがちな細かい気配りなどを怠らない姿勢、どれを取っても最高の店だという事は理解出来た。


「ん、何の音だ?」


 彼女が入って行った店の奥から、調理器具を落っことしたような派手な物音がした。しばらく耳をすましていたが、拾い上げる音や誰かが動いているような物音は一向に聞えてこない。不安が俺の心を過ぎる。職人にとって聖域にも等しい厨房に無断で入るのは悪いと知りつつも、俺は厨房内へと足を踏み入れた。


「おい、だ、大丈夫か!?」


 案の定、俺の不安は的中した。吸血鬼と名乗った少女は、厨房の床に倒れていたのだ。つい先ほど落としたであろうボウルからこぼれた苺のソースが白い作業着に飛び散り、まるで鮮血のようだった。俺は彼女を抱き抱え、慌てて母家の二階へと上がる。


 寝室はどこだ。ベッド、ソファー、なんでもいい。どこか安静に横にさせられるスペースがあればいい。しかし、やたら広い洋館だな。どんだけ部屋数があるんだよ。書斎はもちろん、ビリヤードなんかの遊戯部屋まであるとは。


 いくつかの部屋を巡り、俺はようやくそれらしい部屋を見つけた。少し子供っぽいファンシーなウサちゃんのネームプレートに『あたしの部屋』と書かれていたのだ。


「わかり易過ぎるだろ!」


 ツッコミのテンションを殺さず、蹴破るかのように勢いよくドアを開けた。


「って、なんだこの部屋は……」


 ネームプレートの可愛らしさとは裏腹に、中はとても殺風景なものだった。十畳ほどの室内にはでかい棺桶がひとつ置いてあるだけだった。まさかこれで寝ているのだろうか。女の子の部屋だから少なからず緊張していたのだが、まあいい。そんな事より早く横にしてあげなければ。両手が塞がっている俺は、蹴り上げるように棺桶のフタを開けた。


 中にはピンクのシーツと白いレースのひらひらがついた枕。愛くるしい動物のぬいぐるみがいくつも入っていた。どうやら間違いなくこの中で寝ているらしい。俺は抱き抱えていた彼女を棺桶の中へ下ろした。


「お……お……」


 口をぱくぱくさせて何かを伝えようとしているが、声がまったく出ていない。それほど衰弱しているのだろう。俺は唇の動きだけで彼女が言わんとしている事を読み取る事にした。まさか幼少の頃に習った読唇術(どくしんじゅつ)がこんなところで役に立つとは思わなんだ。


 薄いピンク色の艶かしい唇が微かに動く度にどうしても鋭い牙に目がいく。イカンイカン。集中しないと何を言いたいのかわからなくなってしまう。


(お、な、か、す、い、た)


 ひょっとしてこの娘、空腹でブッ倒れたのか? 何かに没頭すると食事すら忘れるタイプなのだろうか。まあいい。そうとわかれば話は早い。俺は見習いといえど料理人。腕の見せ所ですな。


「ちょいとキッチンを借りるよ」


 返事は返って来ない。それもそうか。声も出せないほど空腹なのだから仕方ない。なるべく胃に負担をかけずに栄養のあるものを作ってやろう。そう考え、俺は一階へと下りた。

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