押し問答①
こうして俺は、所謂〝未知との遭遇〟を果たしたわけだが、彼女の方は俺の顔を見つめるだけで一向に襲いかかる素振りを見せない。それでも油断は出来ない状況である事には変わりなく、隙を見せていきなり首元へとガブリと噛みつかれては堪ったもんじゃない。相手の真意がわからない以上、どうにかこの硬直した現状を打開する必要があった。
扉に向かって全力疾走するか? いや、背を向けた瞬間に後ろから襲われるだろう。周りの小物や食器を投げて窓を割って日光を部屋に入れるか? もし窓が外側から板で補強されていたら計画は失敗。ヘタに機嫌を損ねでもしたら弄り殺しにされるかも知れない。蝋燭を全部倒して館に火をつけるか? いや、俺までローストになるのはゴメンだ。安全かつ、確実に逃げられる方法は無いものかと考えていると、彼女の方から俺に話しかけてきた。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ。あたし、血を吸わない吸血鬼なの。だから巷で噂の殺人鬼とは違うわ」
うん? 彼女が仰っている意味が理解し兼ねるぞ。血を吸う鬼だから〝吸血鬼〟なのであって、血を吸わないのであればただの鬼じゃないか。いや、ただの鬼でも充分に脅威なのだが。それともアレか? 自称、吸血鬼という少々頭が残念な子なのか?
「信じていないって顔ね」
「少し可哀相な子なのかな、って思ってます」
「……正直過ぎるのも考えものね。まぁ、信じられないのも無理はないけどね。どう証明したらいいものかしら」
彼女は辺りをキョロキョロと見渡すと、壁にかかっている西洋刀を一本取り、こちらへと投げ寄こした。
「その剣であたしの左胸を刺しなさい」
「嫌です」
「はあ? なんでよ」
「いやいや、なんではこっちの台詞なんですが」
彼女曰く、吸血鬼である自分は銀製の武器や白木の杭を心臓に刺されるくらいじゃないと死なないそうだ。しかし、そんな事を言われても「ハイ、わかりました」と首を縦に振るわけがない。それにもし、仮に刺したとして、それが原因で死なれでもしたら警察沙汰じゃないか。犯罪者なんかにはなりたくない。そんなこんなで「刺せ」「嫌だ」の押し問答がしばらく続いた。
「あーもう、じゃあわかったわよ。サーベルは置いていいから手を出して。大丈夫よ。いきなり噛みつくなんてしないから」
そう言われて、俺は用心しながら左手を差し出す。
「ほら、これでどう?」
ぽよん。
掌に柔らかい感触。彼女は俺の手を取ると、いきなり自分の左胸へと押し付けたのだ。