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夏の風物詩

 俺が洋菓子店ル・ベーゼで働くようになって一週間が経った。まだまだわからない事だらけだが、ひとつだけわかった事がある。それは、この店はとにかく変わっているという事だ。周りの高級住宅とは全く釣り合わない不気味な外装も然ることながら、何よりも変わっているのはその客層にある。基本は女性ばかりで賑わう店に物騒で口の悪い機械娘もいれば、それの主人であるパンキッシュな風貌の坊主もいる。オマケに謎の怪人ニワトリ仮面も頻繁に出入りしている始末だ。


 そして今日。ここ、ル・ベーゼにこれまた珍しいお客様がいらっしゃった。


「ひーん、助けてぇ。ミーシャちゃぁん!」


 入店早々、飛びかかるようにミーシャへと抱きついたのはここの常連である藤代さんだ。目尻に涙をいっぱい溜めて開店時間前にやってくるなんて只事ではなさそうだ。いったいどうしたというのか。


「ちょっ、落ち着いて彩音。何がどうしたのよ?」

「ぐすん。実はね」


 藤代さん曰く、先日、夏休みを利用して大学のサークルメンバー全員で茨城県にある心霊スポットへと足を運んだのだという。そこには事故死した女性の霊が出て、夜な夜な生前の恋人を想って啜り泣くのだとか。


「それで噂を確かめようと思って行って帰ってきたら……」


 藤代さんが肩越しに指差す先。藤代さんの背後には半透明の女の子が立っていた。なるほど、事情は大体把握しました。


「あ、あのぅ。憑いて来てしまって本当にごめんなさい」


 オドオドしながら何度も頭を下げる半透明の女性。妙に腰の低い幽霊だな。


「へー、あたしユーレイって初めて見たわ。本当に透けているのね。あ、でも触れる! おもしろーい! ふっしぎー!」


 ミーシャはまるで新しいオモチャで遊ぶ子供のように幽霊と戯れる。幽霊の方はミーシャにぺしぺしとおでこを叩かれてかなり困惑している様子だった。


「流石ミーシャちゃんね。私は触れもしなかったのに」


 そりゃそうだ。相手はガスみたいに透けている。寧ろ触れること自体がおかしいのだ。幽霊が驚くのも無理は無い。


「えぇ~、な、なんで触れるんですか~?」

「それはね、あたしが人間じゃないからよ」


 つり上がった口角から覗く鋭い輝き。吸血鬼の象徴とも言える牙を見て怯えるように取り乱した幽霊は、甲高い叫び声をあげた。直後、店中の小物や食器類が宙に浮き、一斉に四方八方へと飛び散った。俗に言うポルターガイストと呼ばれる怪奇現象だ。しかし、これらが割れると後片付けが面倒だぞ。なにより、ナイフやフォークも飛んでいるので藤代さんがケガをしてしまう恐れがある。それだけは是が非でも避けなければなるまい。


「京介!」

「お、おう!」


 となると、やはりこういう役目は俺に回ってくるわけだ。俺は高く跳躍し、浮いている皿やグラスなどの食器類は割らないように素手で取り、ぬいぐるみなどの小物は、常時携帯している手裏剣やクナイなどの投擲武器を投げて次々と壁に打ち付けていく。人形類がまるで磔のように見えるのは、この店特有の雰囲気のせいだろうか。


「落ち着いて、優子ちゃん! ミーシャちゃんは私のお友達なの。あなたに危害を加えたりはしないわ」


 藤代さんの呼びかけに我に返った幽霊は、散らかった店内の有様を見てがっくりと肩を落とした。


「ご、ごめんなさい。ワタシ、その、迷惑ばっかりかけて、ううっ、ぐすっ」

「気にしないで。脅かしたあたしも悪かったのよ」


 涙で顔をくしゃくしゃにした幽霊の頭を撫でるミーシャ。なんだか幽霊ってもっとおぞましい存在だと思っていたが、案外人間らしいところもじゃないか。いや、生前は人間だったのだから当たり前か。さっき藤代さんが呼んでいた優子っていうのは、この幽霊の名前だろうか。どうも藤代さんはこの幽霊を怖がっているようには見えない。つまり、ミーシャに幽霊退治をお願いしに来たというわけではないようだ。うーむ、どういう了見で藤代さんがミーシャに助けを求めてきたのかさっぱり見えてこないぞ。


「あの、藤代さん。ところで、助けてというのはどういう事でしょうか?」

「ミーシャちゃんたちに、この優子ちゃんのお願いを叶えてあげて欲しいの」

「お願い?」


 俺とミーシャは、ほぼ同時に首を傾げる。ますます見えてこない。ひとつだけわかったのは、助けを必要としているのは藤代さんではなく、この幽霊少女の方だったという事だ。いや、ちょっと待て。そんなコトよりミーシャちゃんたちってなんすか。〝たち〟って。


「他ならない彩音から頼みじゃ仕方無いわね。そこのテーブルで詳しく話を聞きましょう。今お茶とクッキーでも用意するわ」

「いや、だから何で複数形なんすか。ねぇってば……おいコラ。無視か」


 清々しいくらいガン無視されました。

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