総愛されヒロインは呪術士の手を取る
リトガリア国の王族貴族の子女達が集うセレンディーン学園生徒会室。
中央の椅子に座るのは学園の生徒会長、アルフレッド・リトガリア。金髪碧眼の甘いマスクで学園中の女子生徒の憧れを集めるこの国の第一王子。
傍らには涼しげなプラチナブロンドと青い瞳の知的な雰囲気を漂わせる美形の書記長と、明るい茶髪に同色の瞳を持つ精悍な顔立ちの副会長が佇んでいる。
「ネスト・テイルマー、入れ」
「はい」
アルフレッドの一声に応え、精霊石と金の装飾が施された重いドアが開き、一人の細身の男が入ってきた。
「何故呼ばれたかはわかっているな」
肩につかない程度に無造作に伸びた暗緑色の髪、病人のように青白い肌色、目頭から目尻まで滲むクマ。そんな陰鬱な見た目と裏腹に、少しも怯む様子もなくスタスタと会長席の前まで歩いてきた男。
「いいえ、まったく見当もつきません」
「しらばっくれんじゃねぇ!」
「貴様!この期に及んで!」
そのまったく悪びれない態度に、会長席の右隣に立つ二人、副会長と書記長が怒鳴り声を上げた。
「よせ。公爵家嫡男ともあろう者達が、たかが男爵家末子相手に頭に血を上らせてどうする」
血の気が上がった二人を制し、アルフレッドが落ち着き払って両腕を組んだ。彼等は優秀な人物であるが、とある一点に関して途端に冷静さを失ってしまうところがある。
かくいうアルフレッドも、表面上は落ち着きながらもその胸の奥に激しい怒りの炎を秘めていた。
「今日、お前を呼んだのは他でもない」
ネスト・テイルマー。この春入学したばかりの一年生。生まれつき病弱だということで何かにつけて倒れては面倒事をサボり、保健室のベッドを私物化する怠惰極まりない男。
とはいえそれだけなら生徒会長であるアルフレッドが直々に呼び出して注意する程のことではなかった。
「お前とルヴィーネ・クリアハート……ルヴィとの関係について話がある」
この度この問題児を生徒会室に召喚することとなった理由、それは。
「俺とルヴィーネの関係?先日婚約者と相成りましたが何か?」
クリアハート侯爵家の長女、ルヴィーネ・クリアハート……アルフレッドの大事な幼馴染であり愛すべき少女が、この男の卑劣な罠にかけられたからである。
「何か?じゃねぇだろうが!」
「調べはついているんだぞ!」
「ライアン、セドリック!落ち着け」
またもや声を荒げる二人——バージェス公爵家嫡男にして副会長であるライアン・バージェス、スペンサー公爵家嫡男にして書記長であるセドリック・スペンサーも同じく幼少の頃からの付き合いであり、一つの協定を結んだ仲間である。純真無垢で危なっかしいルヴィを悪い虫から守っていこうという協定を。
「まさか口出しするつもりではありませんよね、殿下とはいえ何の関係もないのに」
「ルヴィは私の大事な友人だ。関係ないわけないだろう」
「関係ないですね。恋人関係にただの友人は」
ピシッとアルフレッドの額に青筋が走る。“ただの友人”?そんなものではないのだ、己とルヴィーネの絆は。
清く正しく美しく、聡明で優しいルヴィーネ。人だけでなく精霊からも愛された、十年に一人の聖術の使い手。お人好し過ぎるところと恋愛事にだけはとことん鈍感なところが玉にキズであるが、アルフレッドから見ればそんなところも可愛くてたまらない。
しかしそんなルヴィーネのお人好しさと鈍感さにつけ込み、強引に婚約を承諾させた卑怯な男。前々からその馴れ馴れし過ぎる態度に、どう社会的に殺そうかとライアン達と作戦を練っていた矢先の事件であった。
「もう帰っていいですか?愛しい婚約者が俺を待ってると思うので」
「……フッ。その余裕、いつまで続くだろうな」
どうもこの男は卑怯な手でルヴィーネを誑かしておいて、自分達に対して優位に立ったと思っているらしい。その地位が砂上の楼閣であることも理解せずに。
「私のルヴィに手を出したこと、後悔するがいい」
「僕のルヴィだけどね」
「いいやオレのルヴィだ」
アルフレッドの宣言にすかさずセドリックとライアンが続く。
一国の王子と二つの公爵家を敵に回すことの恐ろしさを、今からこの思い上がった泥棒男、ネスト・テイルマーにわからせてやるのだ。
「先日、お前の部屋からこの呪薬が見つかった」
「……へぇ、不法侵入ですか?鍵はかけたはずですけど」
「フッ。これがお前のものだというのは認めるのだな?」
アルフレッドがパチンと指を鳴らして合図をすると共に、セドリックが懐から一つのビンを取り出す。ジャムでもキャンディでもなく、気味の悪い薄紫色の液体が入ったビン。
「たしかにそれは俺のものです。なくしたと思ってたんですが何故ここに?」
「自白したな。今からお前は犯罪者だ、ネスト・テイルマー。何の罪かはわかるな?」
「不法侵入と窃盗?」
「禁呪薬密造罪だ!!」
決定的な証拠を突きつけてもなおいけしゃあしゃあと皮肉を言うネストの態度に、さすがのアルフレッドも声を荒げた。
「お前が十年に一人の悪魔の愛し子、呪術の使い手であることは既に調べがついてるんだぞ!」
「あらーバレてましたか……その呼び方ダサくて恥ずかしいから黙ってたんですけどねぇ」
魔力の多寡はあれど、ほぼ全ての人間が使える魔術。十年に一人、精霊の寵愛を受けた者のみが使えるとされる聖術。同じく十年に一人、悪魔に偏愛された者が使えると言われる呪術。
そして聖術使いとは違い、呪術使いはそれを隠すことが多い。しかしアルフレッドの優秀な手足である影の部隊——普段はルヴィーネの護衛や悪い虫の排除に当たらせている——が、この男がその呪術使いだという情報を掴んだのだ。道理でネストがルヴィーネの周りをうろつくようになってから、影の部隊の構成員達が次々と原因不明の病に倒れるようになったわけである。
「私の手駒達を呪った罪もきっちり償わせてやろう。禁呪薬密造罪と合わせてどのくらいの懲役になるか」
「え?おかしいですね。殿下の手駒?ルヴィーネがストーカーに悩まされていたので、対象と面識の無い人物が一定の距離内で一定時間以上対象に意識を向けていた場合そいつを体調不良に陥らせる呪符は贈りましたが、つまりあのストーカー達は殿下の差し金だったと?」
「ストーカーではないッ!陰からルヴィを見守っていたのだ!」
ネストのあまりの無礼な物言いにアルフレッドが拳を机に叩きつける。
「てめぇ……死ぬ覚悟はできてんだろうな」
「社会的にも物理的にも、ね」
明らかに殺意を滲ませたライアンとセドリックを今度ばかりはアルフレッドも止めなかった。自分達がルヴィーネを守るために行ってきたことを、あろうことがストーカー扱いとは。
「記録石の使用までしておいてストーカーじゃなければなんなんですかね……盗撮犯?ルヴィーネの部屋の天井裏で倒れてた男が持ってましたよ」
おもむろにネストが懐に手を入れ透明な丸石を取り出し、アルフレッド達に向かって放り投げる。
中の記録は消去された後ではあるが、それはアルフレッド達がルヴィーネを24時間見守るため、影の部隊に持たせたものであった。
「お前!まさかこれを見たのか!?」
この男がそれを持っているということは、その中身を見たということである。愛するルヴィーネのプライベートな空間を。記録係の影の部隊にすら直視はしないよう厳命してるというのに。
「見るかよ。お前らじゃあるまいし」
そう思って激昂したアルフレッドだったが、対するネストはあっさりと首を振った。
「てめぇなんだその言い方は!」
「僕達を馬鹿にしてるのか!」
「すみませんねえ。淑女の寝室を盗撮するような輩に払う敬意は持ち合わせてないものでぇ」
「盗撮ではない!!見守っているのだ!!」
たしかに一見盗撮のようではあるが、それも全てルヴィーネへの深い愛故のこと。彼女をありとあらゆる危険から遠ざけるためと、いつか彼女が然るべき相手と結ばれるときまでその純潔を守り抜くためのものであり、ただの下心からなる盗撮とはわけが違う。
「どんな大義名分を掲げようと犯罪は犯罪です。大人しく自首しろ」
「……ハッ。貴様がそれを言うのか?話を逸らそうとしたところで無駄だぞ!」
どうやらこの男は自身の立場がわかっていないようだ。罪を犯したのは依然としてネストの方であり、動かぬ証拠もある。アルフレッド達の愛故の崇高な行為とは違い、ネストは禁呪薬に手を染めるという大罪を犯したのだ。言い逃れできるわけがない。
「このビンの薬を自分のものだと認めたことをもう忘れたのか?おめでたい頭だな」
意図せぬ方向に逸れてしまった話を戻し、アルフレッドがビンの蓋を叩く。この無礼な男を地に落とす動かぬ証拠を。
「その薬がなんですって?」
「わからないとでも思ったか。色と匂いでもしやと思ってマウスで試してみたが……これはかつて国を傾けたこともある禁呪中の禁呪、惚れ薬だろう!」
「ええ?あれ、惚れ薬だったんですか?一度も使ってないのでわからなかったです。調合を失敗して得体の知れないものができてしまったので、怖くて捨てるに捨てられず部屋に置いておいたのですが」
「嘘をつくな!この惚れ薬を使って!ルヴィにプロポーズを承諾させたんだろう!」
聡明でありながら恋愛事にはとことん鈍く、アルフレッド達のアプローチにはいつも「すみません今なんと仰いました?」「あまりからかわないでください」「人違いでは?」と首を傾げていたルヴィーネ。
そんなルヴィーネがこんなどこの馬の骨ともわからない男のプロポーズを受けるなどあり得ないのだ。
これは何か裏があると確信し影達にネストの部屋を捜索させたところ、出てきたのがこの惚れ呪薬。
「本当に使ってないですよ。ですが得体の知れない呪薬をそのまま捨てるわけにもいかず……仕方がないので王立呪術研究所に処分してもらおうと思っていたところです」
「ハッ!白々しい。心にもないことを」
ネストの無理のあり過ぎる言い訳にアルフレッドがせせら笑う。
たとえこの言い訳が通ったとしても、禁呪薬は所持だけでも罪になるのだ。この男に手錠を逃れるすべはない。
「フン、そんなこと言うなら今からでも持ってってやろうか?呪術研究所によ」
「いいね、そこで正式に惚れ呪薬だと結果がでればその場で牢屋行きだ」
ライアンとセドリックもアゴを突き出し、見下したように笑った。
「ところでお三方。マウスで実験したとのことですが、どのくらいの量を使いましたか?」
「なんだ?そんなの一滴二滴に決まっているだろう。そんなことを聞いてなんの意味が——」
「おかしいですね一滴二滴じゃあ足りない。もっと使ったんじゃないですか?」
しかしネストは諦め悪く、意味のない質問をして時間を稼ごうとしてくる。そんなことをしても無駄だというのに。
「……一滴二滴どころじゃないくらい減ってるんですよ。俺が最後に見た時から」
「……なんだと?」
聞くだけ無駄、取るに足らない悪足掻き……と、思ったのも束の間。
「ああいえ量は変わってません。量だけはね。けど作り手が見ればわかる。内包している呪力が足りない。だいたい三回分抜き取って、バレないように色水で薄めたみたいだ」
「なっ……!?」
聞き捨てならない証言にアルフレッドが椅子を倒して立ち上がる。
三回分?三回分だと。あり得ない、自分は一回分の量しか抜き取っていないのに!
「一人一人は一回分くらいならバレないと思ったんでしょうね……たしかにそれくらいなら俺も気のせいだと思ったでしょう。けれど三回も抜かれちゃあさすがにわかる」
思わず左右に立つ二人を見れば、ライアンもセドリックもその顔を青く染めていた。
「どうします?今から王立呪術研究所にご一緒しますか?故意でないとはいえ禁呪薬を作ってしまったんだ。俺も罰は受けましょう。ただ……何者かに中身を一部すり替えられたと、証言もしますが」
「し、証拠は!証拠はねーじゃねーか!」
「解析班があたればはっきりしますよ。不自然に薄められた跡くらい」
殴りかからんばかりであったライアンがぐっと言葉に詰まる。
「ふ、ふん、それでも、誰がやったかなんて証拠はないわけだね?」
「そうですね、誰がやったかまではわかりません」
あっさりと引き下がったネストに、セドリックがフンと鼻を鳴らした。
「……わかるのはどこかの誰かがこれを禁呪薬の惚れ薬だとわかった上で盗み、所持していることだけだ」
しかし続けて告げられた言葉に再び緊張が走る。ネストが言わんとしていること、それはつまり。
「かつては国を傾けた禁呪薬……まだ誰かが所持してるとなれば大問題です。大捜索になるでしょう。容疑者となれば王族や公爵令息とはいえ容赦はされない」
今すぐにでも自室に駆け戻り、薬を捨てれば間に合うだろうか。しかし今そんなことをすれば犯行を自白したと同義。
「証拠隠滅でもしますか?どうやって?呪薬の威力を舐めないでください。地面に捨てようが川に捨てようが周辺の動植物に影響が出る。三人もいれば一人は足がつくだろうな」
そんなアルフレッドの思惑を読んだかのように、悪魔の愛し子が薄っすらと口角をつりあげた。
「辿れないくらいに遠くまで捨てに行くか?今から?疑ってくださいと言うようなものだなあ。ただでさえあなた方は目立つ風貌をしているのに。影の部隊に任せる?いくら貴方達個人の部下だとしても遂行してしまえば国家そのものへの裏切りだ。密告しない保証がどこにある」
いやわかっている。これは脅しだが諸刃の剣。禁呪薬を作ってしまったと自首をすればネストとて無事では済まない。本当に呪術研究所に行くつもりなどないはず。
ただ道連れにしてやるとこちらを揺さぶっているだけ。
「さてと……じゃあ俺はそろそろ研究所に連絡を」
「ま、待て!」
ただの脅しだ、本当に自首するわけがない。
そう思っても冷や汗が止まらなかった。万が一、億が一本当にそんな証言をされてしまったら。
「な、何が……何が望みだ……!」
たかが男爵家、それも田舎の新興貴族であるネストと違い、アルフレッド達には失うものが多過ぎた。
「……記録石」
ドアへと向かっていたネストがくるりと振り返る。
「今までルヴィーネを盗撮した記録石の記録全部消去しろ。一つ残らず消すと今誓うなら、このことは黙っててやる」
ついさっきまでアルフレッド達が圧倒的優位に立っていたはずだった。それが一体どうしてこんなことに。
「消すのか?消さないのか?」
「……わっ……わかった、全て消そう……」
今だって弱みを握っているのはお互い同じのはず。それなのに予想外の反撃に怯んだ隙に主導権を奪われ、いまだ取り戻せない。
「ライアン・バージェス、セドリック・スペンサー、お前ら二人もだ」
「うぐぅ……っ」
「け、消せば!消せばいいんだろう!」
ギリギリと歯を鳴らして悔しがるライアン、地団駄を踏むセドリック。
何か、何か反撃の手はないかとアルフレッドが拳を握り締めた。
と、その時。
「ネストぉおおおお!」
バリンと窓ガラスが割れる音と共に、凛とした少女の声が響き渡った。
「ネスト!やっぱりまだここに居たのねネスト!大丈夫!?無事!?怪我してない!?」
「おう今飛んできたガラスの破片で手の甲切った以外無事だわ」
「きゃあああごめんなさい今治すわ!」
おおよそ普通ではない方法で突如生徒会室に乱入してきた少女。
雪のように白い肌、深く吸い込まれそうな紅玉の瞳。頬の横で揺れる銀の縦ロール。
そのかざした手からは淡い金色の光が溢れ、目の前の男の傷を癒していく。
「ルヴィ……!」
ルヴィーネ・クリアハート。アルフレッド達が幼少の頃より愛してやまない少女であった。
「危ないじゃないかルヴィ!まったく、今日は部屋で大人しくしていなさいと言っただろう?これだから君は危なっかしくて目が離せないんだ」
「……窓を割ってしまったことは謝罪致します、アルフレッド殿下。ですが生徒会室の出入口が封鎖されていて、こうでもしないと中に入ることができなかったので……」
「ふふ、そんなに私に会いたかったのか?嬉しいよルヴィ。さぁ、そんな男のところにいないで早くこちらに来なさい」
まるでそれが当然と言わんばかりの態度で治療を受けているネスト・テイルマー。
こんな無礼極まりない、地位も身分もはるかに下の男すら放っておけないのだ、心優しいルヴィーネは。
「いいえ。私が会いたかったのはネストです。愛しい婚約者である彼が『生徒会室に行ってくる』と言ったまま帰ってこなかったので、いても立ってもいられずここまで来ました」
「……可哀想なルヴィ。この男に無理矢理そう言わされてるんだな?」
「ルヴィ、待ってろ。今助けてやる!」
「目を覚ますんだルヴィ!こいつは呪術使いだ、君は騙されてる!」
惚れ薬の件は追及できなくなってしまったが、ネストの罪は他にもある。断罪はまだ終わっていない。
愛する少女を魔の手から救うため、アルフレッド、ライアン、セドリックの三人は改めて身を奮い立たせた。
「知っています。彼の呪術のおかげで私は救われましたから。昼夜問わず感じる監視の目や不気味な気配を払ってくれたのはネストです」
「え?」
しかし。救い出すはずの少女から向けられたのは、普段の彼女からは想像もつかない、氷のように冷たい視線であった。
「……今までは、私が我慢すれば、もっと気をつければ、家族や周りに迷惑をかけずに済むと思っていました……でも」
とっくに治療は終わったというのに、ルヴィーネはネストの手を取ったまま離そうとしない。
「私の愛する婚約者に手を出すなら、絶対に許しません!」
「なっ……!」
呪術で言わされていると言うにはあまりに強い目。惚れ薬の効果かとも考えたが、アレは対象に骨抜きになったとしても、他の者への親愛の情まで消すものではなかったはず。
「どうしちまったんだよルヴィ……!」
「ルヴィ、僕達の絆は、そんな呪術なんかで消え去るようなものじゃないはずだ……っ思い出すんだルヴィ!」
ライアンとセドリックも混乱している。
「何を思い出せと言うんです?少しも気の休まることのない毎日を?ろくに眠れない夜を?……好意を示されるや否や行方知らずになる人を探し出して、償いをしたことを?二度と同じ悲劇が起こらないように、家族以外の人と極力関わらないよう過ごしてきた日々を?」
おかしい。惚れ薬でネストへの好意を植え付けられたとして、過去の記憶の改竄まではできないはず。ルヴィに告白までした『悪い虫』の排除を影に命令したのは学園に入学するずっと前のことであり、ネストが知るはずがない。
ということはネストに何かを吹き込まれる前からルヴィーネは自分達の行為に気付き、嫌悪していたということに。
「そ、そんな……!ルヴィ……っ何故だ、私のルヴィ!」
「ふざけんな、オレのルヴィだっ!」
「違う、僕のだ!僕のルヴィっ!」
「いい加減そのふざけた呼び方をやめろ」
諦めきれず泣き喚くアルフレッド達に、愛する少女の手を取った、憎らしい男が冷たい声で言い放つ。
「もうお前らのルヴィじゃない。俺のルヴィーネだ」
「ええ、そしてネストは私のネストよ」
「ああ勿論。愛してるよルヴィーネ」
「ふふ、私も愛してる!」
その甘い声は、とろけるような笑顔は、それを一身に受ける立場は、いつか自分が手に入れるはずだったのに。
「そん……な……馬鹿な……」
残酷過ぎる現実に耐えきれず、アルフレッド達はその場に崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇
「禁呪薬で引っかけたって……嘘でしょ!?バレたらネストも危ないじゃない!」
「心配すんな、この俺がそんなヘマするかよ」
「で、でも、殿下達が自棄になってネストも道連れにしようとしたら……っ」
「だから心配ねぇって」
生徒会室からの帰り道。ネストから事の詳細を聞いたルヴィーネは、禁呪薬のくだりで思わずネストの腕を強く握り締めた。
「見た目と匂いだけ惚れ薬に似せただけのただのモルモット用興奮剤だ。提出されたところで痛くも痒くもない」
「え?」
「まああいつらはすっかり勘違いしたみたいだけどな。せいぜい爆弾抱えたまま怯えてればいいさ」
ケラケラと悪戯が成功した子供のように笑うネストに、ルヴィーネもガクリと肩の力が抜ける。
「もう!それを先に言ってよ!」
「今言ったからいいだろ。それよりもっと感謝とかないのか?これであいつらの悪趣味なコレクションも全部潰せる」
「してるわよ、してるけど……っ本当にあなたって人は!」
出会った時から次々と予想もつかないことをしでかす人だった。面倒事が嫌いで、それを回避するためなら何でもする。
そもそも最初の出会いからして、入学式の途中で倒れた新入生の治療のため保健室を訪ねたら、学園長の挨拶が長くて面倒になったから、自分で自分に体調不良の呪術をかけただけの人だったというものなのである。『聖術さえ使われなければバレないと思ったのに』がベッドから起き上がった彼の第一声だった。
そこからまあ口止め料として護身用の呪符やら便利な呪薬やらを提示され、なんやかんやあって仲良くなり、長年の悩みも相談したりして……色々あって今に至る。
「……でも、本当にありがとうネスト。嫌いな面倒事に巻き込んじゃって申し訳ないけど……」
「いいや?面倒事は嫌いだが、楽しいことは嫌いじゃないんだ。あんたといるのは楽しいよ」
オレンジの夕陽がその暗緑の髪を照らす。無造作な髪型も、目の下のクマも、顔色の悪さも、『この方が病弱そうに見えて便利だから気に入ってる』なんて言うとても変わった人。
でもこれはこれで格好良くていいじゃないかと、ルヴィーネはその横顔を眺めながら考えていた。
感想もらえたらとても嬉しいです。