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ふうと紗夜

「あアああア、こいつぁいい具合ダア」


 大鬼は肩をゴキリと鳴らして、その顔に満面の笑みを浮かべていた。


 漂う臭気に、私は思わず鼻を押さえる。ちらりと横を見れば、紗夜は感情を失ったような顔をして、地面に膝を落としていた。


「桃兄ちゃん……?」

「ククク……残念なガら、オ前の知ってる流川桃生ア、消えちまった。お前ノセイでなア、鬼姫」


 大鬼は腕をぐるりと回し、その爪で地面を引っ掻くと、自らの爪を撫でて満足したように笑う。


「私、のせい?」

「そうさアア。あいつァお前の顔貌に恋慕シテ、才能に嫉妬しテ、陰陽の深淵を求めるよウニナったのサ……鬼姫。すべてオ前のセイダ」

「そんなっ」


 大鬼は話しながら、その鋭い爪を思いきり振り下ろす。


――受け止めたのは、銀次郎の大斧だった。


「狼風情ガ。邪魔ダアアアアアアアアアアアア」

「ここは通さない!」


 次々と襲いかかる爪を、銀次郎は大斧で丁寧に弾いていく。

 対処できているのは、お父ちゃん譲りの力の強さと、お母ちゃん譲りの素早さのおかげだろう。それに大鬼の方も、まだ自分の体に振り回されているみたいだ。


 私は隙を見て火球を撃ち込みながら、紗夜を抱えて後方へ移動していった。


「紗夜、しっかりして」

「……私の……私のせいだ」

「紗夜!」


 私は紗夜の頬をパンと張る。

 そして腰からヒヒイロカネの小刀を抜くと、紗夜に差し出した。あの大鬼を銀次郎だけに任せてはおけない。紗夜にはここで、自分の身を守ってもらわなきゃ。


「ふう……?」

「従者の鬼たちはまだ呼べるよね。ここで身を守ってて。あとは私が、全て終わらせてくるから」


 そう言い残し、私は大鬼の元へと駆け出した。


 さすがの銀次郎も、式神との連戦の後で大鬼を相手にするのは骨が折れるらしい。何度かひやりとする爪撃を受けながら、頬に一筋の傷をつけていた。任せきりにしてごめん。


 私は気を練り込みながら、叫ぶ。


「ギン。やるよ!」

「ふう姉ちゃん」


 それだけで私のやることが伝わったのだろう。

 銀次郎は大斧をぶんと大振りして、大鬼を数歩下がらせる。準備はそれで十分だ。


「大鬼。あんたの行動は、全てあんたの身勝手だ!! 紗夜のせいにするんじゃないっ!!!!」


 私の体で荒れ狂っていた力が一気に爆発する。暴風のような炎の奔流が前方に解き放たれ、大鬼のいる一体を灼熱地獄へと変えた。並大抵の鬼であれば、骨すら残らないような業火だ。

 私や銀次郎の周囲は青く澄んだ気壁で守られているが、その外側は全てが炎で埋め尽くされ、草木は風を巻き込んで大きく燃え上がる。


 襲い来る脱力感に膝をつく。

 この術は強力だけど、そう頻繁に使えるものじゃない。使った後の周囲への影響も大きいし、私の体にもすごく負担がかかるからね。昔よりは制御できるようになったと思うけど。


「大丈夫? ふう姉ちゃん」

「うん。それより、ギンは警戒を続けて。大鬼の死骸を確認するまで、油断しちゃいけないよ」

「わかった」


 銀次郎は私を守るように立つ。

 やがて炎が晴れてくると、そこには力なく蠢く影があった。


「肝ヲ……喰ワセロ……鬼姫ノ肝ヲ……」


 真っ黒に焼け焦げたそれは、肉が殆ど焼け落ちて骨ばかりになっていた。目のあたりから血を流し、右腕と左足だけで這いずりながら、気力だけで動いているようだった。


 私は銀次郎に目配せをすると、一歩前に出る。


「ねぇ、大鬼……。あんたはどうしてそんなに、紗夜の肝を喰いたがるの?」

「ドウシテ……ドウシテダロウナア……」


 話しながら、大鬼はその場に崩れる。それから、首だけをゆっくり動かし、何かを思い出すように宙を見上げた。


「アイツハ、紗夜ハ……周囲ノ子ト違ウカラ……イツモ孤立シテイテ、不憫ダッタンダヨナア……ダカラ……」

「だから?」

「ダカラ……頭ヲ撫デテヤッタンダ……ソウシタラ、イイ顔デ笑ッテナァ……」


 大鬼の顔に、うっすらと笑みが浮かぶ。そして、右腕と左足にグッと力を込めると、再び体を起こしてこちらを見てきた。


「ダカラ……喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ――」


 最後の力を振り絞ったのか。

 物凄い早さで迫りくる大鬼に、私は火球を浮かべて身構える。隣の銀次郎は一歩前に出て大斧を構えた。


――そんな私たちの横を、飛ぶように駆けていく影が一つ。


 彼女は手に持ったヒヒイロカネの小刀を腰溜めに構えると、大鬼の顔面に向かって真っ直ぐに突き出した。


「……ありがとう。ごめんね。桃兄ちゃん」


 紗夜がそう言うと同時に、大鬼はこの世のものとも思えぬほどの恐ろしい叫び声を上げ始める。そして、言葉にならない何かを喋ったかと思うと、灰になって崩れ去った。


 後に残ったのは静寂のみ。

 流川桃生は、結局何を考えていたんだろう。陰陽師として大成したかったのか、鬼になりたかったのか、紗夜を妻にしたかったのか、肝を喰いたかったのか。それはもう、誰にもわからない。


 振り返った紗夜は、目にいっぱいの涙を溜めて、私たちに真っ直ぐ頭を下げた。




 それから数日が経ち、ちょうど荒れたお山のあちこちを整備し終えたところで、お父ちゃんとお母ちゃんが庵に帰ってきた。

 二人はなんというか、疲れという疲れが抜けきったようで、妙にツヤツヤした顔をしている。


「足柄山の温泉はどうだった? お父ちゃん」

「いやあ、極楽とはあのことだな。こう、温泉の湯に酒盆を浮かべてな。お猪口に映った月を、グイッと飲み干してよ。あんな贅沢はなかったぜ」

「お酒かぁ……うーん」

「ん? どうした、ふう」

「ううん。なんでもないよ」


 お酒と聞くと、やっぱり思い出すのは紗夜の姿だった。

 大鬼を退治した後、紗夜はお山の庵で一晩を明かしたんだけど……いつの間にか式神を使って酒を取り寄せていて、それはもう浴びるように飲んだくれていた。今日くらいは仕方ないかな、なんてそれを見過ごした私も悪かったとは思う。


 いやー、酷い有様だった。

 あの様子じゃあ、いつまでたってもお嫁に行くのは難しいんじゃないだろうか。


「どうしたんだい? ふう」

「あぁ、お母ちゃん。なんでもないよ、大丈夫大丈夫。銀次郎も良い子にしてたしね。というか、すごく助けてもらっちゃったよ」

「……ふーん。まぁいいさ。無理に聞き出すつもりはないけどね」


 そう言って、お母ちゃんは床に眠る銀次郎の頭を優しく撫でる。

 まぁあれだね、今回の騒動をわざわざ隠すのもどうかと思うんだけど。二人に変に心配をかけると、今度また休暇を取りたいって時に、いろいろ面倒になるかなぁと思ってさ。


 まぁ、紗夜は去り際に「今度また、ふうに飲ませる美味しいお酒を持ってくるからね」なんて言っていたから、そう遠くないうちに事情を話すことになるかもしれないけど。


「なんだ。俺たちが留守にしてる間に、やっぱり何かあったのか。困った時は、誰かに頼れって言ってあったろ? 天狗まで伝わりゃあ、温泉にいる俺たちのところにも伝令が来るように手配してあったんだがな」


 ほら、そんなことだろうと思ったよ。

 心配してくれるのは嬉しいけど、それじゃあお父ちゃんたちがゆっくり休めない。私としては、もうちょっといろいろ任せてほしいんだよね。


「あ、そうそう。お父ちゃんたちがいない間にね、友達が一人できたんだよ」


 私はそう言って、どうしようもない酒飲みの、愉快な女友達の話を始めたのだった。


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