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ふうと銀次郎

※第九回書き出し祭り、作者当てクイズに正解されたリアクトさんに、リクエスト短編としてスピンオフを書かせていただきます。


全四話の予定です。


▼本編はこちら

『ヌシの庵の無頼客 〜お山のゆるり隠れ家生活〜』

https://ncode.syosetu.com/n0521fi/

 お山の中程にある洞穴の、さらに奥。

 開けた場所に結ばれた庵で、私たち家族は四人で暮らしている。皆でのんびり……って言いたいところだけど、お父ちゃんもお母ちゃんも最近ちょっと働き過ぎなんじゃないかなと思う。


 私がそう言うと、お父ちゃんは決まって渋い顔をするんだ。


「働き過ぎってなあ。俺は傭兵(ヤトハレ)だ。気に入らねえ仕事は断るが、何もしねえで食うメシがあるかよ」


 そんな風に答えるお父ちゃんの体は、熊のケモノビトと見紛うほど大きい。一応はヒトらしいけど、どうも鬼の血も入ってるって話だった。

 話しながら、眠っている弟を膝上に乗せて、その大きな手で柔らかく撫でる。


 そこへ、食器の片付けを終えたお母ちゃんが布巾で手を拭きながら戻ってきた。


「またその話かい、ふう(・・)。確かに、毎日忙しないけどねえ。お山の連中は次から次へと問題を起こすんだから、私もヌシとして放ってはおけないじゃないのさ」


 お母ちゃんはそう言って、綺麗な銀髪を後ろで束ねる。その頭の上には、弟のものによく似た狼の耳がピンと立っていた。髪と同じ色の尻尾がぶんと揺れる。


 お父ちゃんはただのヒトで、お母ちゃんは狼のケモノビト。だから、狐のケモノビトである私はどちらとも血のつながりはない。


 実は先代のヌシ――私を生んだ母親は、幼い私の目の前で殺されたんだ。

 親友だった今のお母ちゃんは、お山のヌシを引き継ぐと同時に私を引き取ってくれて、娘として育ててくれた。それについては、いくら感謝してもしたりない。


 ただ、それはそれとしてだ。


「あのね、私だって成長してるんだよ。ほら、尻尾だってもう四本に割れてるし。狐火だって幻術だって、ちゃんと使えるようになったでしょ?」

「それはそうだけどねえ」

「ヒトの村落もこの頃は大人しいし。少しの間なら、ヌシの代役を務めることくらいできるよ」


 私は立ち上がり、割れた尻尾を二人に見せつけた。狐のケモノビトは一人前になると九本まで尾が割れるらしいから、今の私は半分くらい大人になったってことになる。

 だからさ、いつまでも子供扱いしないで、少しくらい頼ってほしいんだよね。


「天狗のおじちゃんに聞いたんだよ。足柄山には、ケモノビトが泊まるための温泉宿があるんだって。たまには二人で骨休めでもしてきたら?」

「おいおい、よりによって足柄山かよ」

「いい温泉なんだって。銀次郎だってもう五つになったんだから、私がいれば大丈夫だし。だいたい、二人は私を心配しすぎるんだよ。お父ちゃんもお母ちゃんも、私と同じ歳の頃はけっこうヤンチャしてたんでしょ」


 天狗のおじちゃんから何度も聞いたよ。

 子供の頃、お父ちゃんは当時の足柄山のヌシと相撲をとって遊んでたし、お母ちゃんはその俊足で風のように走り回ってたって。それなのに、私をいつまでも子供扱いするのは納得がいかない。


「お父ちゃん! お母ちゃん!」

「……ったく、誰に似たんだかな。昔のふうは、こんなに頑固じゃなかったと思うんだが」

「まぁ、仕方ないさ。なんたって、私とあんたの娘なんだからね」

「ククク……そうだな。それじゃあ仕方ねえか」


 二人は見つめ合って苦笑いした後で、揃ってため息を吐いた。

 まったくもう、ここまでしないと休みのひとつも取らないなんて。お父ちゃんもお母ちゃんも少々頑固が過ぎるんじゃないだろうか。世話が焼けるったらないなぁ。


「困ったことがあったら、誰か大人を頼れよ」

「うん、わかってるよ。お父ちゃん」

「銀次郎の世話も頼んだよ」

「大丈夫だよ、お母ちゃん。たまにはゆっくりしてきていいからね」


 そうやって、私はどうにかこうにか二人を送り出すことに成功したのだった。



 春の陽気に、お山でも色とりどりの花が顔を見せていた。そんな中、弟の銀次郎は鼻歌混じりに薪を割っている。何気なく振り回している大斧は、お父ちゃんが昔使っていた鬼の大斧だ。


「ふふふーん、ふんふーん」


 銀次郎はお父ちゃんに似て歳のわりに体が大きい。それに、お母ちゃんと同じ耳や尻尾が生えている。二人のいろんなところを引き継いでるわけだけど、こののんびりとした性格はいったい誰に似たんだろう。


「ふう姉ちゃん、薪割りおわったよー」

「ありがと、ギン! 小屋に運んでおいて」

「うん、わかったー」


 お父ちゃんたちを見送ってから丸一日。

 銀次郎は私の言うことをよく聞いて、尻尾を嬉しそうに振り回しながら力仕事を引き受けてくれる。まだ幼いのに、本当に頼りになる弟だ。


「鬼の大斧ですら振り回せる怪力だもんねえ」

「ん? なにー、ふう姉ちゃん」

「ううん、ギンは力が強いなぁって話。カッパの集落でも、相撲で負けなしなんでしょ?」

「うん。でも、五郎丸のおじちゃんは強いよ」


 そう言ってニコリと笑う顔は愛嬌があって、見ているだけで気持ちがほっこりする。変なヒトに狙われたりしないか心配になるほどだ。

 ヒトの中にはケモノビトを捕まえて無理矢理に酷いことをするのもいるから、銀次郎には気をつけるように言って聞かせてるんだけど……うーん。ちゃんと伝わってるのかなぁ。


 そんな風に二人で過ごすことしばらく、日もかなり傾いてきた頃だった。


「ふう姉ちゃん!」

「うん。ヒトの気配がする」


 私たちは顔を見合わせて警戒する。

 どうやら何者かがお山に侵入して、こちらにまっすぐ向かって来てるらしい。敵か味方か、そこまでは分からないけど。


「どうするの? ふう姉ちゃん」

「大丈夫。ギンは庵に隠れてて。私が対処する」


 そう言うと、私は体内の気を練り上げる。

 脳裏に浮かべるのは、お母ちゃんの姿だ。


 体に纏った気を粘土のように変化させていく。手足を伸ばし、胸や尻を盛り、髪や尻尾を形作る。ポンと音を立てて煙が上がると、幻術の完成。私の姿はすっかりお母ちゃんのものになっていた。


「さてと。今は私が、このお山のヌシだ」


 お母ちゃんの姿で仁王立ちする。

 そこらの力のないモノだったら、この姿を見せただけでひれ伏すだろうけど……果たして、今回はどうだろう。


 警戒しながら待っていると、ソレはふわふわと浮きながら現れた。


「宙に浮く……畳?」


 そうとしか言えない何かだった。

 腰の高さくらいのところを浮遊する畳。そしてその上には、何やら赤い顔をした女のヒトがぐったりと横たわっている。病人か何かだろうか。


「あのー、大丈夫ですか?」

「……はにゃ?」

「あ、生きてた」


 なんだか焦点の合わない目で私を見てるけど。

 とりあえず、死人ではないみたいだ。


 さてと。どんな目的でお山に来たのかは分からないけど、今は私がここのヌシ。しっかり対応しないとね。そう思い、私は胸を張ってお母ちゃんの声色を真似る。


「コ、コホン……おや珍しい。ヒトのお客人かい」


 低く落ち着いた、それでいて艶のある声。

 大人になったら私もこんな良い声になるかなぁ。


 なんて思っていると、女のヒトは突然ガバッと起き上がり、ヘラヘラと相好を崩し始めた。


「ふへへへ、そうでーす。紗夜(さよ)ちんは客だぞー! ヒック。こうして参上しちゃからには、ここの酒蔵も、力いっぱい飲み干す所存でごじゃりまヒック。なんでもいーから冷酒よろしくね。ほらほら、銭ならたんまりあるじょえ」


 紗夜と名乗るヒトはそう言うと、畳の上に木の葉を一枚一枚並べながらケラケラ笑い始めた。

 うーん、何がそんなに楽しいんだろう。離れていても酒の臭いがぷーんと漂ってくるほどだから、これはだいぶ出来上がってるんじゃないだろうか。


「ここは酒蔵でも酒屋でもないんだけど」

「もう、堅いこと言わないでさぁ……くそぉ、あの男ぉ。結局、一晩も抱かずに結婚を断るだなんて、ヒック。だいたい、ちょっとくらい歌を詠むのが苦手だからなんだってのよぉ。ねえええええ……私の歌、そんなに駄目だったかなあああああ、ヒック」

「えっ、急に何の話? 歌?」

「ん、んん。では一句」


 そう言って、紗夜さんは目を閉じ、片手を胸にあてる。


「夜這い待ち〜 緊張しすぎて 酒を飲む〜 気づいた時には〜 朝になってた〜」

「うわあ……」

「なぜか結婚が白紙になったのよおおお……」


 突然歌い始めたのには面食らったけど、紗夜さんの声自体は透き通って綺麗だった。まぁただ、歌の内容自体は酷いとしか言えないよね。

 確かヒトの貴族は、三度ほど夜這いしてから正式に結婚するんだったっけ。それが、一度も交わらないまま断られたと。たぶん、初っ端からこの酔っ払いの姿を晒しちゃったんだろうなぁ。


「紗夜さんって、すごく駄目なヒトだね」

「うわあああああああああああああああああん」


 うーん、困った。

 笑ったり怒ったり歌ったり泣いたり、なんだか忙しいヒトだけど。とりあえず、これは私には対処しきれないな。


「もうすぐ日が落ちるから、帰ったほうが」

「すぴぃ……」

「寝てるしっ!」


 思わず口をぽかーんと開けて見ていると、紗夜さんを乗せた畳は地面の上にパタンと落ちた。

 尻を天高く突き上げた体勢で寝る彼女は、好きモノのカッパたちでも拒絶するほどの酒気を放ちながら、畳によだれを垂らしている。少なくとも、妙齢の女性が晒して良い姿ではないと思うんだけど。


 私が唖然としていると、庵の奥から銀次郎が鼻をつまんで出てきた。相当臭いんだろう。


「ふう姉ちゃん、どうするの? これ」

「うん。駄目そうだし……放っとこうか」


 私はそう答え、銀次郎を連れて庵の中へと戻っていったのだった。

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