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洸翁伝  作者: 結川 晶
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8.三つの提案



「また冬がやってくるわね」


蝋昼の帰りを待ちながら、いつのまにかまた月日が流れていた。

炉にくべる薪をぼんやりと見つめながら、朝欄が呟く。

この辺りは夜が特に冷えるから、薪を絶やさず補充しておかねばならない。

まして冬となれば作物の収穫も難しくなってくるから、乾物をはじめとする保存食の用意も必要になってくる。


手を開いては閉じ、閉じては開く。

なんともなしに緩慢な動作を繰り返していた亂夜が、朝欄を見やった。


「朝欄」

「何?」


一つ息を吸う。


「俺はやはり、導師様の仇を討とうと思う」


ぱちり、と木の爆ぜる音。

今度はもう片方の弟子が息を吸った。


「仇を討つ?」

「承国に潜り込み、そしてやつらを探し当ててみせる」

「遺言に背くというの?」

「いいや。俺は俺のやり方で、仇を討とうと思うんだ」

「どういうこと?」

「この間見つけた人脈帳を覚えているだろう」

「ええ」

「この軌国は今、崩壊の危機に瀕している。もはや零落しかけているといってもいい。」


窓にはまった木戸の向こうから、かたかたと風のなく音がする。

その声が、二人の間を取り巻く空気にますますの緊迫感を生んでいた。


亂夜が己の両の掌を見つめる。


「俺はこの国に家族を殺された。生みの親の名すら知らぬうちに。その上、奇妙な祭事の生贄として売り飛ばされもした。だから俺はこの国を救いたいなどと、正直言って毛頭思わない」


しかし、と続ける。


「そんな俺を見出だし、救ってくださったのは、紛れもなく……軌国のじい様だ。俺は…じい様の愛したものは守りたい。

じい様の愛した随一のものがこの国の民であるならば、俺は苦しさに喘ぐ民のために働きたい。

それに…いやそれこそが、じい様の、導師様の弔いにもなると思うから」

「律儀。そして納得がいくまでとことんやる。亂夜らしいわね」

「そうかも知れん。承に潜り込んで曲者を探すと同時に、承を好き勝手にしている権力者を滅ぼす。そして軌と統一させる。そうすれば、じい様の遺言に背くことにはなるまい」

「でも、蝋昼がまだ帰っていないわ。蝋昼はどうするの」

「兄貴だって、もはや安否はわからん。考えてもみろ。俺がもし敵の側であれば、まずは厄介そうな蝋昼の兄貴を仕留めているさ。導師様があのように追い詰められていたということは、つまり、用心棒の役割も担っていた兄貴はとうに狙われていた可能性が高い」


朝欄がゆっくり頷いた。


「しかし、俺は蝋昼の兄貴を探すことも決して諦めていない。あの兄貴が、簡単に死ぬなど信じられんからな。だから……ここにいて兄貴を待ち続けるより、自分から兄貴を探しに行きたいんだ。俺の、いや俺たちの、たった一つの兄だから」

「…そう。それを聞いて少し安心した」

「安心?」

「亂夜。私も実は似たようなことを考えていたの」

「そうなのか?」

「ええ。私達には、導師様を殺したのが承の者なのか、弦の者なのかはわからない。蝋昼の安否さえ。でも、この軌の民を想う導師様のご意志は継いでいきたい。

民の安寧を願う亡き導師様に代わり、この国を救いたいの」


今度は亂夜が深く頷いた。

すると朝欄が、すっと右手の指を三本立ててみせた。


「ただし。亂夜に三つほど提案があるわ」

「ほう。提案?」

「まず一つ。軌、承、弦、どこの土地の者であろうと、できるだけ民の命を奪うようなやり方は避けること」

「それは無論だ。承の民も弦の民も、元はといえば軌の民。むしろ国のゴタゴタに巻き込まれて迷惑しているだろうからな」

「ええ。そして、二つ。私は承につき、亂夜は弦につく」

「何だって?」


眉をひそめた亂夜の顔を見て、朝欄はふっと笑んだ。


「だって、あなたは承の者がやったと思っているし、私は弦の者がやったと思っているのよ?

例えばあなたが承について、ある程度の官職まで上り詰めたとするわね。それで見つけた犯人が、本当に承の誰かがだったらどう?導師様から授かった知恵を、憎い敵のために、少なからず使ってしまったことになるのよ。だから、お互いが犯人だと主張した国につくの。

そうすればーー」

「憎き国を、うまくやり返してやれると?」


朝欄が首肯する。亂夜がなるほどと呟いた。


「そして三つ。私と亂夜は戦わないこと。理由は…わかるわね?」

「勿論だ。じい様の遺志を継ぐのに、お互いが殺しあっては…それこそ親不孝が過ぎるからな」

「その通り。この三つの盟約のもと、目的を達成させましょう」


ーーこうして。

更けていく夜の中、炉に灯る火を囲み、導師の忘れ形見は静かに誓い合ったのだった。



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