5.師の言葉
宅に帰り着くと、寝台に運ばれた導師が朝欄の手当てを受けていた。
しかし血に塗れた導師の衣と傍らに付く朝欄の表情から察するに、容体がすこぶるまずいものだということは明らかだった。
「奴らは?」
重々しく頸を振ってみせると、朝欄も暗い顔で頷いた。
「……身体に無数の切り傷があるの。それから、背には矢尻の後もあったわ。……」
「…そうか」
「蝋昼の姿は?」
「いや、見当たらない」
横たわる身体に掛けられた敷布をそっとめくり、その傷の有様をあらためる。
それなりに武術の腕を磨いてきた二人だ。
惨たらしい傷を見ればわかってしまう。
この様子ではもしかするとーー。
……いや。
恐らく、もはや導師は助かるまい。
「…朝欄。亂夜。」
息も絶え絶えの恩師が、静かに瞼を開いて呟く。
その右手を包む朝欄の両の手に緩やかな力が入った。
「朝欄はここに、導師様」
「亂夜もおります」
ひゅうひゅう、というか細い息の音がしたかと思うと、導師が再び口を僅かに開いた。
「よく…聞きなさい。きっと義理堅いお前達のことだから、儂の仇を討とうとするだろう。
しかしそれはやめなさい。
可愛い、お前達の命を……そのようなことにすり減らすなど……儂は望まぬ」
「導師様…」
「……」
「そして、よいか。くれぐれも、くれぐれも……どうか、お前達を含む、民のために……」
すう、と。
深い皺の畳まれた瞳が閉じると共に、導師の身体から力が抜けた。
「導師様!!」
「じい様!!」
二人の弟子の悲痛な叫びが宅の中に響き渡る。
「いやだ!どうか…どうか死なないでください!!」
「目を開けてください!!」
夜を裂くその声が相手に届くことはーーしかし、二度と叶わなかった。