ようこそ、異世界の街へ
――何時間か歩いた気がする。ともかく遠い。冗談と思えるぐらい遠い。
太陽を三、四回ぐらい見たけど、結構傾いていくのが確認できる。おまけにこの場所は高低差が激しく、まるで登山をしているような感覚だった。疲れて息が荒くなっている。最近になってインドアになってしまったから、アウトドアの感覚が鈍っているな、これ。
ふらふらと干物になった気分になりながら、私は街の入口に入った。
すると突然、怒鳴り散らす声が聞こえた。
「そこをどけ! 騎士様のお通りだ!」
偉そうな口調で言いながら、騎士が通り過ぎる。
鎧を纏った騎士が目の前を通り、人に紛れながらエルフやら猫耳をした可愛らしさがある人が歩いている。石と木で組み込まれた古民家と中レンガ造りの建物があちらこちらに並んでいる。裏路地とかあって、少々覗くと今にも義賊が出て来そうな空気を漂わせている。
まるで、この街は中世時代のヨーロッパの街並みに似ていた。
「なんだ……ここは?」
思わず、そんな声を出してしまった。
私は先程まで公園で寝ていたのに、いつの間にか草原に寝ていて……、そして現代から逸脱した、この世界、この街並み……。
やがて頭を抱えながら、一つの答えを導き出した。
単純で、小説に浸り続けた私ならわかる、その答えを。
「――私は異世界へ召喚、されたのか……?」
そんなラノベあるある的な馬鹿らしい答えに、私は頭痛を覚えた。
とりあえず、私は近くにあったベンチにもたれ掛かった。
一旦状況を整理すると、公園の芝生で寝ていた時に異世界召喚されてしまったということ、そして帰る術が無く途方に暮れてしまったことだ。
なんか、昨日の都市伝説記事みたいな展開だな……これは。
「しっかし、ありえねぇ……。まさか、ラノベ的展開が私に降りかかるなんてなぁ……」
出来の悪い夢を見ているのではと思って頬を抓ると、激痛が走った。うん、間違いなく現実だ。ありえない現実に対して、大きく溜息を漏らす大香。
ぼんやりしながら周囲を見回すと、大通りの奥に一際目立つ建物があった。まるでヨーロッパの古城をイメージするような外観だ。多分、この国を治める王族などがいるだろう。そうならば、この通りは王城のメインストリートらしい。
「くっそ、異世界に来てどうしろって言うんだ? 異世界はあこがれとは言うけど、時折不便な時代だからな。だってほら、電気が通っていないから夜中は真っ暗だし、スマホだって充電できないし……あぁ、だめだ。余計頭痛くなってきた」
上の空を眺めていた顔を前に戻して地面を見つめた時、不思議そうな目で見つめる童女が立っていた。
――迷子だろうか?
――それとも異色である私を興味本位で見つめているだけなのか?
まあ、どっちにしろ。私には関係ないことだ。迷子ならきっと親が探しに来る。見つめているなら追い払うだけで十分だ。そんな思いでジッと見つめた視線を外した。そんな時だった。童女は泣きそうな顔で再度私の方へ見つめて――いや、訂正。元から泣きそうな顔で私の方へ見つめていた。
どうやら迷子らしい。多分、一人で探すより誰かに声をかけなさい、って言い付しているのだろう。……仕方がない。見捨てたら、周囲にどんな目で見られるか怖い。
ベンチから降り、屈んで少女と目線を合わしながら優しく声をかける。
「ねぇ、えっと……。お父さんとお母さんは?」
童女は首を傾げながら、麗しい目で見つめる。
あれ、言葉が伝わっていないのかな?
言語が通じていないと思い、今度は英語で言おうとするが、その必要はなくなった。
「お母さんと、一緒だった。……でも、よそ見していたら……居なくなって……」
しくしくと現地人の迷子になった女の子が、日本語ペラペラと喋っていた。
――とにかく、現地人のコミュニケーションは問題ないな。
「そっか……、それでお母さんは、何処に行ったか分かるかな?」
その質問に童女は首を横に振る。知らないのだろう。
「よし、一緒に探そう。きっと早く見つかるかもしれないよ?」
優しく声をかけるが、少しばかり戸惑っている様子で私を見ていた。困惑する瞳を浮かべる理由……、この場所にずっといれば、もしかしたら親がここに戻って探しに来るだろうと思っているかもしれない。可能性はあるが、別れた場所があやふやだったらここに来る確率は低い。
「ほら行こう……」
少し強制的に手を引っ張っていこうとするが、それを拒むように地面に踏ん張った。
ううん……。どうしたものか。どうすればいいのだろう?
うーと唸りながら考えていると、懐から何か物が落ちる音が聞こえた。スマホだった。
「あっ……」
落としたスマホを拾うと屈んだが、先に女の子が拾ってくれた。
「あ、ありがとう」
懐に仕舞おうとしたところ女の子の視線が強く感じて目を向けると、スマホについている可愛らしいペンギンのストラップに釘付けになっていた。これは、最近姉が旅行に行って、水族館で見つけた物だと言っていた。
「……欲しいのか?」
女の子は頷く。なるほど、ストラップが欲しいのか。スマホから根付を慎重に解き、女の子に手渡した。
「いい? これはこの世でたった一個しかない貴重な物だよ。絶対になくさないでね」
少し注意げに言いつけると、女の子は大事そうに手に抱えた。
「うん。大事にする!」
微笑みを浮かべている女の子の姿を見て、大香も釣られて微笑んだ。
「さて、探しに行きますか」
そう呟きながら大香は女の子に視線を向けて頷いた事を確認すると、親御さんを探しに行った。
近くの店に着くと、すれ違いざまに女の子の保護者が程なくして見つかった。すごい、早く見つかったと驚く女の子に対して、偶然が呼んだと小洒落た事を言い、誤魔化した。
「ありがとうー、お姉ちゃん!」
母親と手を繋ぎ私の姿が見えなくなるまで、只管手を振り続けた。なんか、別れが惜しい。そんな気持ちになりながら後ろに振り返った。