ふたり一緒なら
卓也は目が覚めると直ぐに御神木を探し始めた。苦しんでいた少女を助けるためだ。
「今までの道のりをたどるか」
卓也は神社の中を歩き回った。
少女と向かったクレープ屋にも行った。そして林の中にも行ってみた。でも少女の姿も御神木も見つからなかった。
ここで卓也は気が付いた。夜にならないと見つからないのではないかと。
少女を初めて見たときは夜。昼間にあったときはすぐに消えてしまった。
もしかしたら夜じゃないと姿を見せられないのかもしれない。
卓也は夜に備えて家に帰る事にした。
砂利を踏みしめながら卓也は鳥居の前まで戻ってくる。そして階段を降り歩道を歩く。
焦っても仕方がないと分かってはいるが、卓也の足は自然と早足になってしまう。通行人の奇妙なものを見る視線を浴びても構わず卓也は移動した。
何度も何度も足を動かし、実家に向かおうとする。しかし、できなかった。
「おかしいな。道に迷ったかな?」
久々に実家に帰ったから道を忘れてしまったのだろうか。いや、いくら一年通わなかっただけで何度も通った道を忘れるはずがない。
卓也は一度神社に戻ってみようとした。そしたら数メートル戻るだけで、階段が現れた。そしてめまぐるしいスピードで影の形が変わっていく。
「どういう事なんだ」
雲や太陽の位置が半端ないスピードで動いていく。そしてそのまま夜になった。
「本当にどういうことなんだ」
卓也は悩んだが答えは出ない。仕方がない。こうなったら、今、あの少女を探そう。
卓也は少女と出会った場所を思い出しつつ林の中に向かう。道から外れた場所はやはり暗く、ほとんど手入れもされていないので歩きづらい。
明かりがないのはキツイ、そう思った時、ポケットの中は光り出した。
「これは、あの子から貰った御守りか?」
もしかして、こんな時のために御守りをくれたのだろうか。卓也は明かりを得たことで調子を取り戻し、できる限り走った。
「ようやく着いた」
卓也は開けた場所に来た。そこにはでかい木が生えていた。
「よく来たな」
「どわっ!」
卓也は驚いた。木の方から声が聞こえてきたからだ。
「木を切り倒せば良いんだよな」
「そうじゃ」
卓也はとりあえず木を思い切り蹴りつけてみた。しかし、木は揺れる事も無く立ち続けている。
肩で息をしながら卓也は考える(確かに、人の力だけで切り倒すのは難しそうだ。江戸時代ではできなかったというのも頷ける。だが、今は現代だ)
卓也はおもむろにポケットからスマホを取り出す。林と言ってもそこまで街から離れている訳でもない。電波は拾えると考えた。
調べても斧やチェーンソーを使う以外切り倒すことはできなさそうだ。刃物を見つけるのも含めて卓也は家に帰ろうとしたのだが、なぜか家に帰れなかった。
「もう、燃やせばいいんじゃね?」
卓也は考えた。この木を切り倒すのではなく燃やせばいいのではないかと。
「この木は切り倒すのではなく、燃やしてもいいのか?」
「? まあ、構わんが。現実で昨日を停止できればいいわけだからな」
そういう事なら話は早い。
卓也は急いで神社に戻る。そして提灯の前に来た。誰もいないか見計らいちょっとだけろうそくを借りようとしたとき、声を掛けられた。
「何しているのかな」
「ウワッ!」
声を掛けてきたのは今まさに助けようとしていた少女だった。
卓也はもしかしたら助けられるかもしれないと少女い説明をする。
「もう少しで君はここから出られるかもしれない。あの木を燃やせば君はこの神社から出られるんだ。そのためにちょっと悪いとは思うけろうそくを借りようと思っているんだ」
この神社は古くからある分そこそこ本格的で、ぶら下げられている提灯にはすべてろうそくが入っている。
「悪いことをしたらダメ」
いきなり少女は断った。卓也はいささか説明が駄目だったかと反省する。そして、納得して貰える様に話しかけた。
「あのな、君は神社に長い間閉じ込められていたんだろ。そこから脱出するためには君をここに縛り付けている木を切り倒さなければいけないんだ。でも俺は斧を持っていない。だから変わりに燃やそうかと思っているんだ。確かにものを盗むのは良くないけどそこまで悪い事ではないと思う」
「ダメ。絶対にそんなことをしたら。神社でものを盗むのはそれだけで呪われる原因になる。それだけで悪霊に取りつかれるんだよ。今が大丈夫でも、十年、二十年とたてば命が危ない」
少女は真剣な顔でそう言った。
「それに、もう300年もここで過ごした。今さら行くところもないし、この場所を出た後どうすればいいか」
少女は辛そうに声を出した。長すぎる時間は少女の外の世界への憧れを消し去ってしまったようだ。
卓也は悩んだ。悪霊なんかに取りつかれたくないし、でも少女をここに閉じ込めておきたくない。
言い争いのせいで人が少し集まってきた。少女の声は他人には聞こえないので卓也が一人でわめいているように見えたのだろう。
その時卓也にアイデアが浮かんだ。
「お前って今は霊的な存在なんだよね」
「え、急に何言っているの。まあ、そうだけど」
「良い考えが浮かんだぞ。お前が俺に憑りつけばいいのさ」
良い考えだと舞い上がって丁寧な言葉を忘れる卓也。
ポカーンとしている少女の手を掴んだ後、卓也は近くにあった提灯に手を伸ばす。そのままろうそくを抜き取った後提灯をその場に投げ捨てた。
「ああ、なんてことを」
「もう後には引けないだろ。ってうわ、何かお化けが見える」
「言わんこっちゃない。今だけは私が守るけどこの後どうするの。神社の外には出られないよ」
とにかく卓也と少女は走った。そして御神木の前に行くと卓也は木に向かってろうそくを投げる。しかし、木は燃えなかった。
「木は水分が多いから意外と燃えないんだよ。ゲームのやり過ぎじゃない?」
「マジかよ。考えと違う」
卓也は焦った。良い考えと思ったのに全然違ったからだ。
「そうだ。スマホを燃やそう」
卓也はスマホをガシガシと踏みつける。中の基盤が見えるほど踏みつけたらスマホをろうそくの傍に置いた。それでも気には燃え広がらない。
「そうだ。お前、植物を操れるんだろ。燃えやすい花とかを出してくれよ」
だが、少女はうつむく。あと一押しと考え、卓也は思っている言葉を全部ぶつけた。
「お前が好きだよ。自分が見えないと分かっててもついつい迷子を助けようとするところとか、食べ物をおいしそうに食べるところとか。見た目も好きだ、可愛いと思う。でも何より笑顔が素敵だ。外の世界にはお前が知らないようなワクワクするものがきっとある。そこでならお前もきっと笑顔になれると思う」
突然の告白に少女は目を丸くした。そして顔を赤くする。
「いきなりそんなことを言われても困るんだけど」
「俺は気づいたんだ。お前と一緒に居たいって気持ちに。お願いだ。俺と一緒に来てくれ」
少女は無言で左手を上げた。次の瞬間ツタが御神木の周りにまとわりつく。
「良いのか!」
「……うん」
火はツタに燃え移り、そのまま御神木にも炎が移る。
「そうだお前の名前はなんて言うんだ」
「うーん忘れちゃった。どんなのがいいか考えてよ」
いきなり難しい質問をされて卓也は戸惑った。そしてヒントを探るように辺りを見回す。そして気が付いた。今夜は満月であることに。
「かぐや。輝く夜で、輝夜。どうだ」
「かぐや、かぐや。……いい名前かも」
そして少女改め輝夜はにっこりと笑った。
木が燃え尽きた後。ふたりは神社から離れた。悪霊だけに目が行きがちだが、卓也は器物損壊で訴えられてもおかしくない。
さっそく不幸なことになりかけているが卓也も輝夜も気にしなかった。
実家に戻ったら彼女を「連れてきた」と話題になったり、一人暮らしをしているアパートに戻ったら「これって同棲じゃね」などひと悶着もあったが、それでも二人の顔にはずっと笑顔が浮かんでいた。
きっとこれからも、ふたりが一緒に居る限り、不幸なことは何一つないのだろう。
ここまで読んでくれてありがとうございました
長編の合間にも短編はどんどん書きたいです