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次期当主について知った夜

 もう時間も遅いという事でマッテオの部屋を辞したミリアムとスザンナは、ミリアムの部屋の準備をする間、スザンナの部屋にいた。


「わたし、なんにも聞いてない」

「言ってないからね」


 当初はむくれていたミリアムだが、母の悪びれない態度にため息をついて項垂れる。


「ゆっくり話すから。まぁ、座ってお茶でも飲みなさい」


 諦めてミリアムがソファに座ると、見計らったようにエレオノーラが紅茶とドライフルーツの入ったクッキーをテーブルに並べた。


「ありがとう。エレオノーラさん」


 礼を言ってから紅茶に口をつけてクッキーをかじると、ようやく人心地ついた気分になった。

 ミリアムが無意識に肩の力を抜いたのを見て、スザンナも紅茶を一口飲んでカップを戻す。


「ロッソ家の当主は、基本的に前任からの指名制なの。

 今の当主は私の兄だけれど、次期当主の指名権はもらっているから問題ない」


「なんで私なの? 国についても、魔法族についても何も知らないのに」


「貴女が生まれてすぐに、私は貴女を当主にしようと決めたわ」


 身を乗り出す娘を見つめながらスザンナはその頃の事を思い出していた。


 細い髪は赤く、光にきらめく瞳は深い紫色。その色に気を取られて喜ぶ祖父を含む親類や使用人たちにミリアムは手を伸ばして笑っていた。

 そして、ミリアムの身体のことがわかり、祖父も親類も多数の使用人もがミリアムから離れても、ミリアムは宙に手を伸ばして笑っていた。


「国の事も魔法族の事もこれから学べばいい。

 貴女が生まれつき魔法を使えなくても、貴女には多大な魔力がある」

「ちょっと待って!」


 聞き捨てならない言葉にミリアムは思わず大きな声を出していた。

 自分でも声の大きさに驚いたが、それよりもまず確認しておきたかった。


「生まれつき魔法が使えない?

 私が使い方を知らないんじゃなくて?」


 戸惑うミリアムにスザンナが頷く。

 少し離れた場所で控えるエレオノーラとベルナルドは驚きこそなかったが、神妙な顔をしていた。


「魔法を使える者は、魔法を実行させる為の器官が体内にあるの。

 貴女にはそれが生まれつきない」


 呆然と自分の両手や体を見る娘を見つめながら、スザンナは淡々と話を続けた。


「魔法族は元々、普通の人間から生まれているの。

 魔法を使う異端として生まれて、村や町や国を出た者の集まりがこの国。

 元々は魔法を使えない人間から続いている血脈だから、魔法を使えない者が生まれたっておかしくはないわ」


 魔法を使えないなら魔法族ではないのでは?

 そんな考えがミリアムの頭をよぎったが、ここに来る前にベルナルドから言われた言葉が蘇る。


『魔力を持つ者は魔法族だ』


 その言葉と共にミリアムには疑問が浮かんでくる。


「魔法のカバンや魔法陣は?」


 あれは魔法ではないのかと母に首を傾げて尋ねる。

 顔を上げたミリアムの表情に悲壮感は見えず、スザンナはほっとして口元を緩めた。


「それが貴女の武器よ」

「武器って」


 物騒な響きにミリアムの頬が引きつるが、そんな準備も必要であったとカルロとのやりとりを思い出してため息をつく。


「わたしが次期当主を辞退すれば決闘しなくても済むの?」


 ミリアムの口から漏れた呟きに、スザンナはカップに口をつけようとしていた手を止め、エレオノーラとベルナルドはじっと二人の様子を見ていた。

 緊張が走る中、スザンナはカップを下ろして意思を探ろうとするようにミリアムを見た。


「辞退を申し出るなら、誰かが死ぬかもしれないことも考慮なさい」


「は……?」


 困惑に思考が停止し、どういう事か聞こうと開いた口は乾いていた。

 質の悪い冗談かと一瞬頭をよぎったが、そんな表情ではないと思い直す。


 結局、ミリアムの部屋の用意が済んだと使用人が声をかけてくるまで誰かが口を開く事はなく、部屋は沈黙に支配された。



 □■□■□■□■□■□■



 今まで使ってきたものとは明らかにクッション性の違う、ふかふかのベッドに横になったミリアムは、自分についてきたエレオノーラを見上げて尋ねた。


「エレオノーラさんも魔法を使うの?」

「私は魔力が少ないので日に数回、火をつけられる程度ですが」


 エレオノーラが魔法を使えると聞いて、身を起こして彼女を見る。


「見せてくれる?」


 好奇心に目を輝かせるミリアム微笑んで頷くと、ベッド脇のテーブルに置かれたキャンドルに指を近付ける。

 前のめりになって見つめるミリアムの目の前で、キャンドルに明かりが灯った。


「私の魔力ではこのくらいが限界ですが」

「すごい」


 申し訳なさそうに告げるエレオノーラにミリアムは驚きに小さな声を漏らしたが、強く打つ自身の心臓に押し出されるように興奮を乗せた大きな声が追って出てきた。


「すごい!」


 小さな子供のようにキャンドルを見つめるミリアムに嬉しくなってエレオノーラは笑みを深めたが、はしゃぐミリアムに別の小さな子供の姿が重なり少しだけ目が潤んだ。


 その夜、ミリアムの部屋では彼女が眠りにつくまでキャンドルの火が消えることはなかった。

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