さっそくホームシックです。
「お待ちください、カルロ様」
「うるさい。下がっていろ」
声と共に急ぐ足音が近付いてきてくるのに気付いて室内の三人は揃って扉の方を向く。
「お爺様っ」
ノックもなしに部屋へ飛び込んできたのは、明るい茶髪に同色の目を持ったベルナルドと同じ年頃の青年だった。
彼はミリアムに目を留めるとその目の前までツカツカと近付き、つり上がり気味の目で値踏みするように頭から爪先まで見る。
居心地の悪さを感じたが、マッテオを前にした時ほどの緊張感はない。
自分の祖父を「お爺様」と呼んでいたということは従兄弟だろうか、とミリアムもまた青年を見ていた。
青年はマッテオに向き直ると苛立ちをまとった低い声で尋ねた。
「この娘が次期当主ですか?」
「え?」
全く聞き覚えのない話に、ミリアムは祖父と母を見る。
ミリアムの困惑を横目にマッテオは眉間にシワを寄せて息をついた。
「次期当主がどうこう言う前に、言う事があるだろう」
「夜分に突然お邪魔しまして申し訳ありません」
これでよかろうと胸を張る青年にマッテオは再び深いため息をついてミリアムを見る。
「ミリアム、この男はカルロ・ディ・ロッソ。ミリアムより10歳上の従兄だ」
やはり従兄弟か、と頷いてミリアムはカルロへ手を差し出した。明らかに自分を敵視していると承知の上なので笑顔を見せるのも忘れない。
「はじめまして、ミリアムです。よろしくお願いします」
カルロは差し出された手とミリアムを見ていたが、視線を逸らしてマッテオに顔を向ける。
取られることのなかった自分の手を見つめてミリアムはそっと手を引っ込めた。
「それで、僕の質問は?」
ミリアムの自己紹介を無視した事にマッテオは顔を顰めたが、マッテオの代わりに三人の様子をおかしそうに見ていたスザンナが答えた。
「ミリアムにはまだ何も話していないけれど、次期当主の証の指輪はミリアムに渡すつもりよ」
「僕は認めない」
きっぱりと自分の意思を告げるカルロに頷きながらも、スザンナに態度を変える気は全くない。
「カルロ君が認めなくても、現在次期当主の地位にいる私が決めたことよ。
現当主のお兄様や領主であるお父様が反対するのならまだしも、貴方には何の力もないでしょう?」
にっこりと笑うスザンナにミリアムは背筋がゾッとするのを感じたが、カルロは強くスザンナを睨みつけた。
「魔法族は実力第一、強さが全てだ。
母親の意思一つで次期当主が決まっていいわけがない」
カルロの言葉を聞いて、彼が入ってきてからずっと不機嫌そうにしていたマッテオが深く頷いた。
「よろしい。ならば決闘としよう」
マッテオとしてはこのままでは話が平行線を辿ると感じての苦肉の策だったが、彼の発言にカルロは満足そうに頷いた。ここまで黙って様子を見ていたミリアムだが、いま黙っていたら決闘しなくてはならなくなると慌てて声を上げた。
「待ってください。わたしには戦う意思はありません」
次期当主の話も初めて聞いたミリアムにとって、その地位をかけた決闘なんて危険なことをする意思などあるはずもない。
そう思っての言葉だったのだが、ミリアムの発言にカルロはわずかに震えた。
「戦うまでもないと?」
「ちがっ」
一層低くなった声音に危機感を募らせたミリアムは否定しようとするが、カルロはミリアムの言葉など聞かずにより大きな声を被せてしまう。
「ならばその力で僕を倒せばいい。
こちらも全力で貴様を潰すまでだ!」
「待って」
ミリアムの制止も空しくカルロは顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。
「あれは昔から気が短すぎるな」
マッテオがのんびりと言うのをぼんやりと聞いてミリアムが母を見ると、スザンナはかすかに笑っていた。
ミリアムはこの先がこわくなり、さっそく町に帰りたくなった。