祖父との対面と…?
次第に光が落ち着いてきたのを感じてミリアムが目を開くと、手の下で魔法陣が描かれた紙が消えていくところだった。
「無事に着いたわね」
「ミリアム様の魔力が多くて助かりました」
隣に立ったスザンナとエレオノーラに導かれるように顔を上げると、満月に照らされた煉瓦造りの大きな屋敷が建っていた。
大きな建物を見慣れていないミリアムが屋敷を見上げて口を開きながら立ち上がると、目眩を起こして転びそうになる。
何かを掴もうと手を伸ばすが掴めるような物が近くにあるはずもない。転ぶ覚悟を決めようとしたところで、ベルナルドが後ろから支えてしっかりとミリアムを立たせた。
「ありがとう」
照れ笑いを浮かべるミリアムにベルナルドは小さく微笑んで頷く。
気をとりなおしてミリアムが辺りを見回すと、こちらへ向かってくる灯りを見つけた。
近くへ来ると灯りの正体がわかる。
ランタンを持ったメイドだ。
彼女はランタンを持っていない手を胸に当てると、膝を曲げ腰を落として礼をする。ちらっとミリアムに眼を向けたが、すぐにスザンナへと体ごと顔を向けた。
「スザンナ様とミリアム様ですね。領主様がお待ちです」
「わかった。すぐに行くわ。
エレオノーラとベルナルドは私の部屋に行っていて」
「かしこまりました」
「ミリアム様」
耳によく馴染んだ声が発する聞きなれない呼称にミリアムは目を丸くしてベルナルドを見上げた。
「荷物は私が預かります」
「おねがいします」
「かしこまりました」
戸惑いながら自分を見上げるミリアムに頭を下げてカバンを受け取ると、ベルナルドはすぐにミリアムから距離をとる。
ベルナルドを目で追う娘の様子に肩を竦めたスザンナは、ミリアムの両肩をしっかりと掴んで正面から瞳を覗き込んだ。
母の顔を見て何かを言おうとしたミリアムだったが、何を言うべきかわからず声にすることができない。
「全部が全部、今までと同じとはいかないの」
聞きなれない冷たささえ感じる母の硬い声にミリアムは思わず身を引きたくなったが、スザンナの手から逃れられなかった。
ミリアムは納得できないまま、緩まない母の手の力に黙って小さく頷いた。
それを確認して、スザンナはミリアムの肩から手を離す。
「今からあなたのおじいちゃんに会いにいくわよ」
「おじいちゃん?」
「そう。あなたがまだ小さな頃には会ったことがあるから、知らない人ではないわ」
未だに初対面の相手に身構える癖のあるミリアムを安心させるように笑ってスザンナは娘の頭を撫でた。
しかし、会った記憶が全くないミリアムにとっては知らない人と変わらない。それでも母なりの気遣いだととってミリアムは黙っていることにする。
「怖い人じゃないから安心なさい」
□■□■□■□■
祖父の部屋に入ったミリアムは母に文句の一つでも言いたくなった。
前に立つ者を威圧してくる扉をくぐって部屋の中に入ると、目の前には書類の束が乗った重厚感のある執務机が置かれていて、その脇には白髪混じりの茶髪を後ろで結んだ厳つい顔の男が立っていた。
ミリアムの眼には怖そうな人にしか見えない。
「ただいま戻りました。父上」
「本当に転移魔法陣で戻るとはな」
ミリアムの祖父でありスザンナの父であるマッテオは、娘を一瞥して鼻を鳴らすと孫娘に視線を移した。
マッテオの鋭い眼光に背筋を伸ばしていたミリアムだが、次第に我慢ができなくなり、先手必勝とばかりに声を上げた。
「こんばんは、ミリアムです。
お久しぶりです。おじいちゃん」
言い切って祖父の顔を見ると、恐ろしく見えた目を見開いて自分を見ている。
あれ? と不思議な気持ちでミリアムも祖父を見返していると、押し殺した笑い声が聞こえてくる。
ミリアムがそちらに顔を向けると、スザンナが口元に手を当てながら肩を震わせていた。
「ゴホッ、ゴホッ」
マッテオが大きな咳払いをして一睨みすると、スザンナも小さく咳払いをして笑いを押し込め、すました笑顔を見せる。
改めて孫娘と向かい合ったマッテオは彼女の短い髪を撫でて目を細めた。
「同じ赤銅色だな」
細められた目が寂しげで、ミリアムは問わずにいられなかった。
「誰とですか?」
「イザベラだ。
ワシの妻で、ミリアムのおばあちゃんだ」
「おばあちゃん」
呟いて、改めて見てみる。
母も祖父も茶色の髪に焦げ茶色の瞳をしている。
「おばあちゃんも私と同じ紫色の目をしていたんですか?」
「いや、ミリアムの瞳の色は」
真っ直ぐに尋ねてくる孫娘が可愛らしく思えてきたマッテオが目尻を下げて応えようとした時、廊下が騒がしくなった。