「この距離なら当たる!!」
巨大なたてがみラプトーン。
こいつは、いわゆる群れのボスだ。
その名も、メガ・パープル・ラプトーン。
略してメガパープルと呼ばれているモンスターで、同種のラプトーンの五倍はある巨大な種だ。
そいつの後ろには、並みのラプトーンよりふた周りは大きい雌のラプトーンが続いている。
「ギョワアアアアアアッ」
そいつは俺の姿を認めると、威嚇の叫びを上げた。
おう、やる気だな?
俺は奴らを相手に、どっしり足を開いてクロスボウを構える。
俺の獲物は、持ったまま走り回れる、いわゆるライトクロスボウという種類の武器だ。
フットワークが命なんだが、悲しいことに走り回っていると当たらないからな。
「ダンは足を止めてても当たらないもんね。今回もクロスボウ(鈍器)の活躍に期待してるよ!」
あっ、声に漏れていたか。
そしてシェレラが俺の射撃に全く期待していない事を知り、ガックリくる。
だが、落ち込んでばかりはいられない。
「ギョアーッ!」
メガパープルの叫び声に応じて、ラプトーンたちが次々と俺に飛び掛ってくるのだ。
あるいは、俺を迂回して、耳・髪・尻尾とふさふさ銀色のシェレラを目掛けていく。
「させるかよっ!」
俺は迂回しようとしたラプトーン目掛けてクロスボウを放つ。
弾はラプトーンの目の前を過ぎ、横合いの木の幹に当たった。
めきめきと音を立てて木が倒れていく。
「当たりそうだった!!」
俺、興奮。
ラプトーンはびっくりである。
そして、俺に対して敵愾心を燃やし、飛び掛ってくる。
「ギョアーッ!!」
「余韻に浸ってるんだから邪魔すんな!」
そいつを俺は空中で引っつかむと、後方に投げ捨てた。
「ギョエーッ!」
「ギョワーッ!」
他のラプトーンを巻き込んだらしく悲鳴が聞こえる。
「ナイスフォロー、ダン! さあさあ! 炎の矢が怖くないなら掛かって来な!」
シェレラが射撃を始めた。
ファイアスターターの効果で、炎を纏った矢が次々に繰り出される。
それはラプトーンに突き刺さると、肉を焼きながら燃え上がる。
「ギョエーッ!」
狙いは的確。
シェレラの射撃を受けたラプトーンは立ち止まり、もがき苦しむ。
俺も負けちゃいられないぞ。
「ギョッ!」
「だから、クロスボウを噛むな!」
得物に噛み付いた一匹を、力任せに引っぺがすと、そいつを片手で持ち上げて振り回す。
集まってきたラプトーンが、俺のラプトーンを使ったバットでなぎ払われる形だ。
「ギョギョギョォーッ!?」
手持ちラプトーンが白目を剥いた。
あちこちバキバキになってしまったようなので、俺はこれをポイッと捨てる。
「さあ来い、メガパープル!」
クロスボウを連射し、ラプトーンを空いた手で千切っては投げ、千切っては投げしながら、俺はメガパープルに突き進む。
巨大ラプトーンは、燃えるような目で俺を睨みながら、低く身構えた。
体の高さ3m、尻尾までの長さはおよそ10m。
とんでもない化け物だ。
「ギョオオッ!!」
奴は地の底から響くような、低い雄叫びを上げた。
こいつは、メガパープルの気合の声だ。
その証拠に、メガパープルは後足で地面を蹴っている。
普段は二足なのに、前足を地面につけて前傾姿勢。
まるで短距離走で走り出す寸前のようだ。
俺は回避したいところだが……!
「ギョ!」
「ギャア!」
次々に飛び掛ってくるラプトーンが邪魔で、身動きが難しい!
「ダン! ああもう、数が多いよ! これ、ノルマの十五匹なんてとっくに退治してるじゃない!」
シェレラの焦る声が聞こえた。
彼女の矢は、かなりの数のラプトーンを仕留めている。
だが、まだまだ幾らでもラプトーンが湧いてくる。
「シェレラ! メガパープルが突っ込んでくるぞ! 避けろー!」
「ダメ! ここで少しでもラプトーンを減らさないと、ダンが逃げられないもの!」
「じゃあ、俺だってこいつを通さないために逃げちゃいられないな!」
手近なラプトーンを、金属板付きのクロスボウで殴り倒しながら、俺は覚悟を決めた。
どっしり腰を落とす。
そこへ、チャンスとばかりに飛び掛ってくるラプトーンたち。
だが、俺はそいつらに構う気なんてない。
なぜなら……。
「ギョオッ!!」
地響きすら感じさせながら、紫の巨体が突進してきたからだ。
頭を低く下げ、体をひねりながら肩口からの体当たり。
恐らく、でかい牡牛三頭分はある重量からの突進だ。
「おら、来いっ!!」
「ギョッ!?」
メガパープルの突進が、進路上にいるラプトーンたちを跳ね飛ばしていく。
自分の群れの仲間たちもお構いなしだ。
いや、あの小さい連中は幾らでも出てくるから、惜しくないのか。
俺は、何匹かのラプトーンを体に張り付かせながら、この突進を受けることになった。
「なんのぉーっ!!」
腹から声を張り上げた。
びりびりと空気が震える。
片手はクロスボウで塞がっているから、空いた手と全身でこの巨体を受け止める!
肉と肉がぶつかり合う音がした。
もう、これは炸裂音だ。
俺の脚が、メガパープルの勢いに押されて地面を削る。
どんどんと押しやられていく俺!
衝突の勢いで、俺にくっついていたラプトーンはみんな吹っ飛ばされていった。
ここにいるのは、俺とメガパープル、一人と一匹。
「すげえ衝撃だ! だが……!!」
「ダンッ……!」
すぐ後ろで、息を呑むシェレラの声が聞こえた。
彼女の所まで押し込まれたのだ。
「こな、くそぉぉぉぉっ!!」
俺はへその辺りに力を込めた。
全身の筋肉が膨れ上がる。
メガパープルを受け止めた手のひらが、めりめりと奴の肉に食い込んでいく。
「ギョオオッ!?」
巨大ラプトーンが呻いた。
奴の動きが鈍くなる。
いや、俺を押し込むことができなくなったのだ。
俺と、メガパープルの力が……拮抗する!
「ギャアアッ!」
メガパープルは叫びながら、俺をなんとか押しつぶそうと体重をかける。
だが、俺はびくともしない。
今度は、俺のクロスボウ目掛けてガンガンと頭をぶつけて来やがった。
だが、さすがはカリーナの作った頑丈なクロスボウ! なんともないぜ!
……クロスボウ?
俺はここで、重要なことに気付いた。
「密着してる……。こ、この距離なら当たる!!」
組み合ったメガパープルを、俺はがっしりと固定する。
そして、無理やりクロスボウの砲口を、こいつの巨体に押し付けた。
「持ってけ! ダン・ゴレイム初の命中弾だ!!」
引き金を引いた。
轟音が響き渡る。
「ギョワアアアアアアッ!?」
メガパープルの鱗が裂け、真っ赤な血が飛び散った。
巨体が揺らぎ、たたらを踏む。
「あ、あ、当たった! 当たったぞ!! どーだ! どうだ見ろ、今まで俺を馬鹿にしてきた奴ら! 俺だってクロスボウが当たるんだ!!」
俺のテンションは最高潮である。
一瞬力が抜けたメガパープルの頭を引っつかむと、力任せに突き飛ばす。
「ギョオーッ!!」
メガパープルは一瞬宙を飛び、バウンドしながら転がっていった。
「……すっご……。ダンのクロスボウ、明らかに大きいと思ってはいたけど……威力がおかしいよ! って、私もこんな事してる場合じゃない!」
我に返ったシェレラ。
俺の背中目掛けて走り出した。
「ちょっと肩を貸して、ダン!」
「おう! 存分に使え!」
「ありがと! とーうっ!」
シェレラが、軽快に俺の背中を駆け、肩を踏み台にして高らかに跳躍した。
それと同時に、矢をファイアスターターに漬け、すぐさま弓に番える。
「……!!」
人間の足では届かないような高みまで跳躍し、そこからシェレラは矢を放った。
それは、ようやく立ち上がりかけたメガパープル目掛けて飛来し、見事にその片目を穿つ。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
巨大モンスターの絶叫が響き渡った。
「よーし! 押し込むぞ!!」
俺もクロスボウに次弾装填。
当たる距離目掛けて突撃を開始したのである。