「なんだ、あのでかいラプトーンは!」
「ラプトーン狩りだって」
「ええ……。俺たち、この間やったじゃん」
「ねー」
俺とシェレラは、やる気無さそうにカウンターに頬杖を突く。
すると、受付嬢のエイラが腰に手を当て、鼻息を荒くした。
「あれは薬草摘みの途中でやったんでしょ! お仕事はね、依頼された内容をきっちり達成したかどうかで判断されるの。念願のモンスター狩りなんだから、もっと喜びなさいな。何よその不満そうな顔!」
「あっ、エイラが怒った」
「シェレラ、エイラはこうなると長いぞ。今のうちに誤っておいた方がいい……」
「なるほどー」
俺とシェレラで二人ならんで、ごめんなさいする。
エイラは、「別ればよろしい」と俺たちに新しい仕事を受けさせたのである。
ワンダラーは、正式に登録されると、一人につき一つファイルが作られる。
そこに、どんな仕事を受けたか、達成したか失敗したか、達成したとして評価はどうか、が記される。
運搬や採集などの仕事は評価が低く、いくらこなしてもあまりワンダラーのランクには影響しない。
ただし、安全にお金を稼げる。
モンスター討伐は、最も評価を得られる仕事だが、当然ながら一番危険だ。
毎年コロコロとワンダラーが命を落としている。
自分の割当ランクよりも高いモンスターに挑み、倒せば多くの評価が得られるので、みんな一発逆転を狙って無理をするのだ。
もちろん、ランクを超えたモンスターが出る仕事なんか受けられない。
偶然、他の仕事を受けた時、そのモンスターの生息地と仕事場が被れば、この危険な一発逆転が狙えるのだ。
「ラプトーン狩り、と。数は十五匹だってさ」
「私とダンなら楽勝ね! ダンはいつもどおり、前に出てそのゲンコツでラプトーンを殴って!」
「待って! 俺はクロスボウ使い……!!」
「じゃあ、前衛でラプトーンを足止めしてくれたらクロスボウ使っていいわよ」
「ほんとか!? ラプトーンを前線で足止めしたら、クロスボウで撃ってもいいのか!?」
うんうん、とシェレラは頷いた。
ちなみに俺、まだシェレラから射撃を習っていない。
昨夜は大いに飯を食い、家族に武勇伝を話し、シェレラとの仲をからかわれ、そして爆睡したのだ。
どこにも射撃練習が挟まる暇がない。
「射撃練習は実地よ。まず、ダンは1mの距離で当てることをマスターしないとね!」
「オス!」
「私のことはシェレラ師匠と呼ぶように!」
「オス! 師匠!」
シェレラの尻尾が、得意げにパシパシと振り回された。
ということで、俺たちは薬草やら毒消しやらを自宅で買い込むことになった。
「ギルドにきつく、無料で渡すなと言われているからな。ダン、お前も一人前のワンダラーなんだ。ちゃんと正しい値段で買うんだぞ」
「なんだか損をした気分だな……」
親父に金を払い、必要なだけの消耗品を買い込む。
クロスボウの弾も必要だな。
ボウとは言うものの、クロスボウの矢は羽がついておらず、ずんぐりとして先が尖っている。
なので、矢ではなく弾と呼ぶ。このずんぐり部分に様々な仕掛けを施すことで、拡散したり炸裂したり、貫通したり……と様々な効果を持つ弾を作り出す事ができるのだ。
無論、俺は……通常弾である。
「ダンには特殊弾はまだ早いからな」
「くっ、いつか特殊弾を自在に使いこなす男になってやる……!」
俺は親父を見返すことを誓った。
「おじさん、ファイアスターターある? じゃあください」
隣で、シェレラが弓用の消耗品を買っている。
ファイアスターターは、射撃前の矢尻につけることで、射撃と同時に発火する液体だ。
シェレラはこれを使いこなすわけで、つまり俺よりも少々高い腕前を持つ射手ということになるな。
「ダン、シェレラちゃん、お前よりとは天と地くら実力差あるからな」
「う、うるせえぞ親父!!」
この親父、必ず見返してやる。
ということで、出立する俺たちである。
向かった先は、何のことはない。俺たちが先日薬草採集をした森だった。
「よし、ラプトーンを引き寄せないとな」
俺はキョロキョロと辺りを見回す。
確か、ラプトーンを引きつけるには何か動物の死体を置いて、待ち伏せをするのがセオリーだったはず……。
「シェレラ、持ってきた生肉をここに置いてくれ」
「はーい」
シェレラがリュックを下ろし、ごそごそと中を漁る。
鼻歌を歌いながら中腰で、お尻を振っている。ゴキゲンだ。
そう言えばこの間も、こうして彼女が尻尾をふりふりしていたらラプトーンが釣られてやって来たんだよなあ。
「またシェレラの尻尾にラプトーンが誘われたりしてな」
俺が笑いながら、彼女の尻尾を見ているとだ。
ニュッと茂みから、紫色のオオトカゲが顔を出した。
「ギョ」
「出たよ」
流石の俺も呆れる。
というか、シェレラの尻尾は、ラプトーンたちを惹き付ける効果を持っているのか……?
そうか、銀色に輝く毛並みの彼女だから、光が反射して尻尾がとても目立つのだ。
それを見て、ラプトーンがやって来るということだろう。
「ダン、予定通り行こう!」
「おう! 俺が前衛だな! さあ来いラプトーン! 出来れば俺のクロスボウが当たるところまで近づいてこい!!」
「ギョ」
すると、また違う場所からラプトーンが顔を出した。
二匹か?
「ギョ」
三匹?
「ギョ」「ギョ」「ギョ」「ギョ」
「増えた増えた増えた!!」
茂みのあちこちから、ラプトーンが顔を出すではないか。
「へ、へえ……! これならいっぺんに片付くじゃない。ダン、行くよ!」
シェレラがファイアスターターを構えた。
俺もクロスボウを腰から取り出す。
「おう! こいつで大体十五匹だろう! 行くぜ!」
だが、その時である。
「ギョワアアアアアアッ」
とんでもなくでかい咆哮が響き渡った。
茂みの奥、木々の合間から、ふさふさとした紫色のたてがみが覗く。
高い位置にある。俺の背丈よりもまだ高い。
そいつは、小走りに茂みを踏み越え、姿を表した。
色、形はラプトーンに似ているが、顔の周りにたてがみが生えていて、何よりも……。
「なんだ、あのでかいラプトーンは!」
とんでもなくでかかったのである。