「残念だが君にはクロスボウの才能がない」
「残念だが君にはクロスボウの才能がない。皆無……いや絶無だ。済まないがよそを当たってくれないか!」
「そんなあ!!」
絶望する俺の鼻先で、ピシャッと音を立てて扉が閉じられた。
引き戸だ。
「また……クロスボウ道場を破門されてしまった……! うおおおん」
俺が嘆くと、周囲の人たちがざわっとざわめき、水が引くようにして離れていく。
身長二メートルもある男が、物凄い声で嘆いているのだから仕方ない。
我ながら、十代後半でこの身長はでかいと思っている。
「だが、でかさとクロスボウは関係ないはずだ……! 俺はクロスボウ使いになりたいんだ! そう、あの日見たクロスボウ使いのお兄さんのように……!!」
俺はダン・ゴレイム。
ギルドに所属し、モンスターを狩る存在、ワンダラーに登録したばかりの男だ。
俺は幼い頃、モンスターに襲われ、かっこいいクロスボウ使いのお兄さんに救われた記憶がある。
「それ以来、俺はクロスボウ使いになりたいのだ!!」
「わかった、わかったから暴れるなダン。テーブルが壊れる!!」
俺が拳を打ち付けたテーブルがみしみし言っている。
俺は生まれつき、体がでかい。そして力が強い。
両親は、俺がワンダラーになると知って、きっとハンマーや大剣と言った大型武器の使い手になると思っていたみたいだ。
「いいか、ダン。君のパワーでな、クロスボウってのは宝の持ち腐れなんだ」
眼の前にいる女の人が、俺に指を突きつけて語る。
前髪で片目が隠れた、黒髪のちょっとエキゾチックなお姉さんだ。
こう見えて鍛冶屋をやっていて、俺の幼馴染である彼女はカリーナ。
「私の友達のお父さんが、ハンマー道場をやってるから、そこを紹介してあげる」
「やめて!! 俺は華麗なクロスボウ使いになりたいの!!」
「だから、無理だって言ってるでしょ! ダンはクロスボウで撃つよりも、クロスボウで殴った方が早いじゃない!!」
「ひどい!!」
どうして俺の気持ちを分かってくれないのだ!
いや、なんか分かった上でダメ出しをされてる気がするんだけど……!
口では絶対カリーナに勝てないので、俺がぐぬぬ、としていると。
誰かがものすごい速度で走って来るのが見えた。
銀色の毛並みが、俺の目に飛び込んでくる。
狐の耳、そしてふさふさとした豊かなしっぽ。
「あっ、半獣人の女の子だ」
しかも、あんなに輝くような毛並みをした獣人は珍しい。
俺がぼーっと彼女を見送っていると、その後を追いかけてドヤドヤと走ってくる者たちがいた。
「あっちだ!」
「追え!」
「銀狐の半獣人だ! あれは高く売れるぞ!」
とんでもなく物騒なことを口にしている。
カリーナが眉をひそめた。
「闇ギルドの人狩り……!? こんな昼日中に! 北にある獣人王国が、ドグラマガーに滅ぼされてからこのところ、物騒になるばかりね……!」
俺は立ち上がった。
こんなの、放って置けるか。
「あ、ダン!? あんた何をするつもり!?」
「俺の正義のクロスボウが唸る時が来たんだよカリーナ!」
「ええっ!? やめときなさいよ! 当たらないから!! むしろあの娘に当たるから! おーい! ダーン!?」
走り出した俺の正義は止まらないのだ!
俺は、人狩りたちを追いかけてひた走る。
通りを超えて、裏通りへ。
「きゃあっ!!」
「よし、網に掛かった!」
「気をつけろ! 弓とナイフを持っているぞ」
「へへっ、武器があったって、絡め取られりゃただの女だ。ここはちょっとくらい楽しんでも……」
「そうだな、どうせ獣人だしなあ」
下卑た声が聞こえてきた。
俺の頭に、カーっと血が上る。
「お前たち、そこまでだ!!」
叫びながら、クロスボウをぶっ放す俺。
放ったクロスボウの弾は、見事に女の子を縛り付ける男の……四メートルくらい上を飛んでいった。
「えっ」
男たちがびっくりして振り返る。
俺は怒った。
「避けたな!!」
「避けてねえよ!? っていうかどうやりゃ四メートルも外れるんだよ!!」
「おい! そいつはワンダラーだ! ギルドにばれて面倒なことにならないうちに、始末しちまえ! さっさとこの都市を出りゃ、どうせ捕まらないんだからな!」
「おう、そうだな!」
「へっ、よく見りゃこいつ、まだワンダラーランクが1じゃねえか!」
「図体だけの虚仮威しか! 野郎ども、やっちまえ!」
わあーっと人狩りたちが集まってきた。
彼らの中心には、網に体を絡め取られて、地面に横たわる獣人の少女。
金色の瞳が俺を捉えると、
「に、逃げて! 君まで巻き添えになっちゃうわ!!」
そう叫んだ。
だから、俺は決めたのだ。
「いや、俺は君を助けるぞ!! おい人狩りども! やっちまわれるのはお前たちだーっ!!」
俺はクロスボウを構えた。
「よく見たら練習用クロスボウじゃねえか! そんなオモチャでどうするつもりだ! せやあ!」
半笑いで、人狩りの一人が切りかかってきた。
短剣を握っている。
俺はこいつに向かって、クロスボウを……叩きつけた!
「げぺえっ!?」
クロスボウがひしゃげる!
人狩りの顔面もひしゃげる!
そいつは勢い余って空を飛び、近くの家の壁を突き破って行った。
「……は?」
呆然と、吹っ飛ばされた奴を見る人狩りたち。
振り返った彼らの前で、俺はひしゃげたクロスボウを腕力で元の形に戻した。
「これがクロスボウの威力だ!!」
「いやいやいやいや!!」
「違うだろー! ちーがーうーだろー!!」
「問答無用!!」
俺は人狩りたちの中に飛び込んでいく。
片っ端からクロスボウで殴り、蹴り、掴み上げて放り投げ、またクロスボウで殴る。
今度はクロスボウが折れたので、両手でクロスボウの欠片を持って相手を殴る殴る殴る。
そしてアッパーカットで屋根の上まで吹き飛ばす。
「す……凄い……!!」
狐獣人の少女が呟く声で、俺は我に返った。
周りには、壁や屋根に突き刺さったまま、プラーンとぶら下がって動かない人狩りたち。
「大丈夫だったかい? ……うッ!!」
女の子を見下ろした俺は、ちょっとクラっとした。
網に絡まれて身動きが撮れない彼女は、太ももとかが剥き出しになっていて、精悍な体のラインも丸わかりになってしまっていたからだ。
網から外に出た、ふさふさの尻尾と耳だけが、ピョコピョコと動いている。
「触らない! 変なところ触らないからな! 助けてあげるよ!」
「あ、う、うん! す、少しくらいは気にしないわ!」
そうは言われても、彼女の姿は目に毒なのだ。
俺はそっぽを向きながら、彼女に掛けられた網を引き千切っていった。
すっかり網から解放された彼女は、ぴょーんっと飛び上がる。
「ありがとう!! 凄かった! なんて凄いの!?」
銀狐の少女は、俺に抱きついてきた。
「うわーっ」
心臓がバクバク鳴る。
「でも、王族として、恩を受けたままではいられないわ。ぜひ、何か恩返しをさせて……!」
「いや、恩返しなんてそんな。だってまだ名前も知らないだろ」
……待てよ。
王族……?
「そう言えばそうだったわね。私は、シェレラ・シャレイド。シャレイド王国の王女にして、最後の生き残り。壊天魔獣ドグラマガーを追う者……!!」
助けた女の子は、なんとお姫様だったのだ。