8.アスティン、ヴァルキリーと出会う。
ルフィーナと出会えなくなってから数日後、アスティンは強くなるための稽古を、とにかく真面目に懸命に頑張る毎日を過ごしていた。それでも見習いの彼が出来る稽古と言うのは限られていて、基礎の体力を身につけることだったり、体当たりされる衝撃に耐えることをやっていたりしていた。
こんなことをしていて本当に騎士になれるのだろうか。重厚な盾を持つことは出来るかもしれない。しかし、王女の護衛は危険を伴うモノだと聞いている彼。そのことをとても不安に思っていた。
「父様、僕はいつになったら父様と共に赴けるのですか?」
「……ん? アスティンよ。お前はまだ13。基礎の体すら出来ておらぬ。逸る気持ちは分かる。だが姫の為を思えばこそ、その志はこの後に取っておくということも大事ではないか?」
「で、でも、僕は今のままじゃ……」
「そう急くな。近いうち、アスティンには家庭教師のような奴を付ける。私は王命でしばらく留守にしなければならぬ。アスティンよ、私がいなくなっても奴について教えを請えば、必ずやお前は一人前の騎士に近付けるであろう。私はそう信じている」
「父様とはしばらくお会い出来ないのですか? 僕はどうすれば……」
「案ずるな。お前のことは奴に全て任せてある。剣も弓も、盾も奴は一流であるぞ。年はまだ17であるが、奴はすでに戦場に赴いたことのある強者だ。今は体を休めている時期でな。故に、アスティンへの教えを頼んでおいた。お前は何も心配することはないぞ」
「わ、分かりました。僕、頑張ってきっと立派な騎士になってみせます!」
「うむ。ではな」
父は背を向けて直ぐに発ってしまった。1人でいても仕方なくとりあえず、宿舎に戻るアスティン。彼は騎士になろうと思った日から母の元を離れ、騎士たちが集う宿舎で暮らしていた。
ここでの彼は見習いの中の見習い。それでも父といつも一緒にいた彼はみんなから可愛がられていた。
それなのにまさかの出会いが、彼を待ち受けているとは思いもしなかった――
「アスティン、戻りました」
いつもなら数人の気さくな騎士たちが、アスティンと話をするために近付いてくれるのに、この日に限っては誰もいなかった。
「どうしたんだろう。みんなどこかへ出て行っているのかな?」
そう思いながら部屋の奥へ進んでみるアスティン。そこでは誰かが鎧を脱いでいるみたいだった。鎧が重いのか、なかなか脱げずにいる様子に気付いた彼は、手伝わないと駄目だと思い声をかけた。
「くっ……なんでこんな」
「あの~僕、手伝いますよ」
「ならば、頼む」
「よいしょ、よいしょ……お、重い」
「あと少しだ」
慣れている騎士でも、鎧を脱ぐのは簡単じゃないとアスティンは父から聞かされていた。そんな彼がやっとの思いで鎧を脱がすことに成功すると、脱がされた本人が口を開く。
「ふぅ……慣れぬな。だが助かった。貴様、名は?」
「えっ? ぼ、僕はアスティンです。あなたは……?」
「我か? 我は……貴様、どこを見ている!」
「お、女の子!?」
鎧を脱がすと同時に、綺麗な肌と金色に輝く髪色が彼の目に飛び込んで来る。その姿はどこかルフィーナに似ていて、彼女の香りがこの人からも感じられた。そのせいか、アスティンは彼女をついついじっと見つめてしまっていた。
「貴様、我を侮辱するか! そこに直れ!」
「ひっ!? は、はいぃぃ!!」
言われた通りに彼は壁を背に姿勢を正した。どうしてなのだろう? どうして女の子に言われてすぐに反応してしまうのだろうか。やっぱりどこかルフィーナに似てる気がする。もしかして王族の人なのかもしれない。そんなことをアスティンは思ってしまう。
「貴様、アスティンと言ったか。アスティン……? 貴様が見習い騎士アスティンか。我は貴様の父君に命ぜられ、貴様を指導するシャンタルだ。貴様の腐った性根は我が叩き直す!」
「えええっ? 腐った性根って……そんな」
「問答無用! すぐに着替えて外に出ろ。我が貴様を鍛えてやる」
まさかこの子が自分の先生だとは思わなかった。何だか逆らえない空気で、やる気に満ちている彼女。「僕はこれからどうなるんだろうか?」そう思わずにはいられなかった。
「早くしろ! まずは貴様のその言葉遣いを正してやる!!」
「は、はいっっっ!!」
※
「ここはどの辺りなのかしら?」
「姫様、まだ城からさほど離れておりませぬ。退屈ですか?」
「ええ、そうね。ところであなた……カンラートはもう少し、その、くだけた言い方は出来ませんの?」
退屈に感じるのはきっとこの騎士が、ずっと硬い態度で接しているからだわ。こうなったら駄目もとでお願いしてみるしかないわ。
「姫様。それはなりませぬ。例え私が姫様と懇意にさせていただいている仲であっても、立場はわきまえねば……」
「あぁ、もう! もういいわ!! その変な話し方はうんざり。カンラート、命令よ。わたしと友達になりなさい! だから、騎士言葉は使っては駄目」
「し、しかし……」
「問答無用よ!! あなたはわたしとずっと一緒にいるのよ? あなたがそんな話し方だと、わたし、途中で窒息してしまうわ! わたしを守ると思って、気楽に接して」
「わ、分かりました。しかし、姫様。これは私とふたりの時だけにしてくれると約束してくれますか?」
「もちろんよ」
「じゃあ、ルフィーナ姫。これからよろしく」
「ええ、こちらこそ頼むわ」
これで退屈な長旅も少しはマシになるというものだわ。アスティンのように、カンラートも面白ければもっといいのだけれどね。