80.バレンタインと騎士たち
【特別版】騎士のプライドと想い
「もうすぐ共和国に入ります。フィアナ様、御足元にお気を付けください」
「ありがとう、ベニート」
「は」
うーん、ベニートはもしかしてフィアナ様のことが気になっているのだろうか? そして僕を敵対視しているのか、睨んでいるし。そんな心配をしなくても僕にはもうルフィーナがいるんだけどなぁ……
「アスティン? どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです!」
僕とフィアナ様、そしてベニートでヴィーシアスに入国を済ませた。ここの国は王がいない代わりに、代表と呼ばれる方が、組合と呼ばれる組織? を運営して色んな技や術を教えているらしい。ここでルフィーナもヴァルティアのような技を習って、僕を投げ飛ばしたんだなと思うとその極意を知りたいと思った。
「ようこそ、ヴィーシアスへいらっしゃいました。僕はイルースクと申します。あれ、あなたは……ルフィーナ様……? いや、失礼しました」
「ふふっ、ルフィーナはわたくしの妹ですの。イルースク様ですね。わたくしはフィアナですわ。その節は、妹がお世話になりましたわ。此度の訪れは、ご挨拶に……と思いましたの」
「そうでしたか! お会い出来て嬉しいです。フィアナ様、以後、お見知りおきを……」
イルースクという人はすぐにフィアナ様の手を握って、笑顔を見せていた。
「む……何か、気に入らぬな」
「僕もそんな気がします……」
珍しくベニートと気が合った気がした。その後、僕とベニートそっちのけでイルースクさんとフィアナ様は、各組合を見学されていた。僕は、ルフィーナが習った体術ギルドを覗いてみたものの、僕とは合わない気がしてすぐにフィアナ様の元に向かった。
「まぁ! イルースク様は独身でいらっしゃるのね! どこかにいい方が見つかればいいですわね」
「それならもう見つかったかもしれません……」
「え?」
「それは僕の目の前の――」
「フィアナ様!! そろそろ出立せねばなりませぬ! さぁ、私めの右手をお掴み下され!」
「え、あ……そ、そうですわね。ご挨拶出来れば良かったのでしたわ。そ、それではイルースク様。また機会がありましたら、お会い致しましょう。それでは失礼致しますわ」
「あ……は、はい。どうぞ、お気を付けて……」
この時はベニートの行動力を応援した。何だかイルースクという人はいい人そうだけど、節操がないのかもしれなかった。ルフィーナもこの人に誘われてしまったのだろうか……
「あ、あの、ベニート。手、手を……」
「はっ!? し、失礼致しました」
外に出て来て、ふたりは手を繋いだままだったのか、顔を赤くしてお互いに意識し合っていたみたいだ。これって、僕はもう彼を応援してあげてもいいのかもしれない。
「あ、そ、そうだわ。あの、ベニート。それにアスティン……手を出してくださる?」
「へ?」
「え?」
そう言うと、フィアナ様は僕たちの手にそれぞれ名前の書かれた手紙と、チョコレートを渡された。
「Saint Valentine’s Day ですわ。ジュルツを出立前に用意をしていたのだけれど、思い出したの。よかったら、頂いて頂戴ね」
「喜んで!」
「ありがとうございます!」
ちょっとだけの立ち寄りではあったけど、僕もベニートもフィアナ様の優しさと笑顔に、今日ばかりは仲良しにならざるを得なかった。
※
「お兄様、これ食べていいわよ!」
「む? 何だそれは……随分と黒いが――」
「つべこべ言わずに口を大きく開けて!」
「わ、分かった」
「むがっ!? ま、待て……詰め込み過ぎだ!!」
「どう? 美味しいでしょ? 沢山あるから好きなだけ食べていいわよ!」
んーカンラートが居てくれて良かったわ。アスティンもいないし、処理……食べてくれる人がいなくて困っていたのよね。お父様や他の騎士にあげてもいいのだけれど、やっぱりお兄様に全てあげるのがきっといいことなのよ。
「ルフィーナ……カンラートが涙目で私を見ているが、いいのか?」
「嬉しすぎて泣いているの。気にしなくていいわ!」
「そ、そうか」
ここはアレに任せるしかあるまい。私の分は後でルフィーナに手渡すとして、アレには寝る前にでもあげとくとするか。ルフィーナの愛を今は存分に受け取っておけ。そして、最後には私のを食べろよ?




