79.ルフィーナの決意
王女の魅力だとか、アスティンの魅力だとか……彼と再会するまでの間、そんなに深く考える余裕も時間もなかった。けれど、今こうして王女として国の全体を見渡す立場になってから、わたしはどうしてもその答えに辿り着くようになっていた。
「んー……」
国の事、騎士の事……やることは沢山あるけれど、どうしても気になる。気になりすぎて、ついつい近くのカンラートに八つ当たりや、いたずらを繰り返していた。
「……どうするべきなのかしらね」
「ルフィーナ? ここのところ随分と悩んでいるようだけど、どうしたの?」
「ヴァルティア姉さま。ん、アスティンのことで……少し、ね」
「やはり寂しいのね? いくらフィアナ様のことを想っているからと言っても、アスティンを傍に付けさせるなんて、あなたらしくないわ。やっと会えたのに、どうしてなのかしら……なんて思っていたのよ?」
「んーん……そうよね、もうお姉さまは気付いているかと思うけれど、わたしはアスティンを想う一方で、恋も覚えてしまっていたの。その相手は……」
「んんっ、おい、カンラート! 貴様、見回りに行け!!」
「なにっ? さっき行って来たばかり……」
「さっさと行け! 念入りに行け!!」
「わ、分かったよ」
さすがお姉さまね。婚姻してからもカンラートへの対応はますます鋭さを増しているわ。それが出来るからこそ、ヴァルキリーでいられるのかもしれないわね。
「アレとのことでそんなに悩む必要はないのでは?」
「ううん、ヴァルティア……カンラートのことだけでそんなには悩んでいないわ。わたしは、アスティンに幼き頃からの願望を求めすぎていたのかもしれないの。だからこそ、帰国寸前に訪れた国の方に恋心をも抱いた……」
「恋心を抱いた方がいたのね……成長を遂げたアスティンはルフィーナの想像とは違ってた?」
「いいえ、彼は想像通りに成長していたわ。たぶん、わたしはカンラートを当たり前に見ていたのね。だから、アスティンにも彼の様な騎士になって欲しかったのだと思うの」
「アレはルフィーナが想うほどの男でもないけど……それでも6年の間、ずっと一緒にいたものね。年も上だし、細かいけれどそれを除けば、もっとも騎士らしい騎士と呼べるわね」
「そう、それよ! アスティンは見習い騎士のまま。それは彼も自分のことをそこまで認めてないからなの! カンラートのような風格があるかと思えば、子供っぽさが残っていてそれが可愛くもあるけれど、それでは騎士様とは呼べないの! だからわたしは決めたわ。アスティンとは時間も距離も置くって!」
「えっ!? そ、それはどういう意味なの? 嫌いになった?」
「ち、違うわ! アスティンを嫌いになるはずがないわ。彼のことを大好きなの! だからこそ、わたしは彼をフィアナお姉様の護衛に付かせたの。ヴァルティアも気付いているでしょう? フィアナお姉様の気持ち……」
アスティンもフィアナお姉様も、憧れの気持ちを抱いたまま。それはヴァルティアやセラは見逃していないはず。
「あ、あぁ……そ、そうね。あの御方は誰からも認められない御国で王女をされている。それゆえ、アスティンへの気持ちを隠されることが無く、堂々とアスティンを同行させて欲しいと願われた。それは彼女自身のけじめなのか、あるいは――」
「分かったでしょう? アスティンを同行させた意味を……」
「そ、それではもし、彼があなたでは無く、姉君と共にいることを選んでしまったらどうするの? それでは余りにもあなたが悲しいことになるわ!」
「ヴァルティア、それは絶対ないわ! アスティンは必ず戻って来るわ。その為に騎士ベニートを護衛に付かせたの。ベニートは明らかにアスティンへ嫉妬を抱いていたの。もちろん、フィアナお姉様を気にしながらよ。強さにしても、想いにしてもね。アスティン、お姉様にとっても、リーニズへの帰国までが最後の試練になるわ」
そこまで見て考えていたのか。やはりルフィーナは先を見通す御方なのだな。
「そして、アスティンと、今はリーニズにいるハヴェル、テリディア。この3名でジュルツに戻って来た時、わたしはアスティンを騎士として認めて、婚姻をするわ!」
「……ということは、ベニートはフィアナ様の元へ行かせるつもりで付かせた?」
「ええ、そうよ」
そういうことか。だから敢えて、アスティンを行かせたのだな。リーニズはそう簡単に向かえず、帰って来られない国。私が彼女をお迎えに上がった時は、あらゆる障害をなぎ払いながら進んだから早かったが、アスティンやハヴェルたちといえども、すんなりとは行かぬはず。
「ルフィーナ。あなた、そこまで考えていて彼を見習い騎士のままにしたのね?」
「どうかしらね」
「ふっ……あなたが我が王女で良かった」
「それに、アスティンを騎士と認めないと、お母さまが再び矛先をこちらに向けられるかもしれないわ」
「そうなれば私は今度こそ決着を……」
それはともかくとして、婚姻をしてからが勝負なのよね。王女としてのわたし、騎士としてのアスティン。そして、国としてのジュルツ。地盤を固めないと、あの冷酷な王の国とは戦えない気がするわ。
アスティン。どうか、あなたもフィアナお姉様も想いを乗り越えて欲しいの。単なる護衛としてではないことになるかもしれないけれど、あなたならきっと、何とかしてくれるわ。
※
「して、帰還した後のレイリィアルの様子は如何か?」
「妙な胸騒ぎを覚えてなりませぬ……」
「それは我が国へ対してか? それとも近隣国に対してか?」
「我が国が騎士の国として理解しているため、あちらも攻め入ることはありませぬが、近隣……小国などに対して侵すこともあり得ます。ご用心を……」
「……よい、下がれ」
「は」
さて、ルフィーナ王女よ。即位したばかりだが、平穏は長く続かぬかもしれぬ。今すぐの事ではないが、その為にも、彼をどうしたいのかお前が決めねばならぬ。
※
「……で、お主らの勝負は決したのか? どうなんだ、ドゥシャン、ルカニネ」
「いや~面目ねえな」
「カンラート様。わたしに敵う奴はいませんよ?」
「ほぅ? 酒でドゥシャンに勝ったというのだな? その割に揃って風邪をひいたと言うではないか? その理由を聞こうか」
「1人だけ残して酒場を去るなど、卑怯ではありませんか! それゆえに、わたしはこの野郎……このドゥシャンの負け様を眺めながら、眠ってしまったわけなのですよ」
「すまねえな、カンラート。そういうわけだ」
「お主らが無様なせいで、アスティンとベニートだけがフィアナ王女の護衛に付くことになったのだぞ? たるみすぎではないのか!」
ヴァルティアに城から追い出されるようにして念入りに見回りをしていた俺は、そういえばこやつ等の様子を確かめるのを忘れていたことを思い出して、今まさに聞き出していた。
「アスティンと騎士ベニートですか? あぁ、それは……カンラート様はまんまと王女様の策にハマってしまいましたね? わたしとコイツがこうなることを見越していたのでは?」
「どういう意味だ?」
「それが分からないカンラート様だから、ヴァルティア様は苛立たれるのでは?」
「な、何だとっ! く、くそーあの王女め……」
まぁ、いい。我が弟分のアスティンと意地っ張りのベニート……奴等の動向に注視をしながらその行く末を見させてもらうぞ。アスティン……お前が勝つか、負けるかで王女の心は変わるぞ。覚悟しとけ、弟よ。




