76.ルフィーナ王女の帰還命令
「ねえお父様、ジュルツの騎士って各地に赴いているのでしょう? その騎士たちを呼び戻すことは可能なのかしら?」
「ん? あぁ、それならお前が命ぜればよいのではないか? 確かにわしが下した王命はまだ生きたままだ。それゆえに、赴きの騎士たちには帰還指示は出してはおらぬが……」
「戻さないのは何故なの?」
「お前はまだ知らぬだろうが、世界各地の国や町は全てが平穏とは限らぬ。お前とカンラートがやられたレイリィアル国のように動向が探れぬ国もあるのだ。そうした国に騎士を遣わして、動向を探ると同時に人心を安らがせることも必要なのだよ。我が国と違い、騎士の無い国の方が多いのだ」
知らなかったわ。騎士の無い国……お姉様のような国がたくさんあるってことよね。
「ふぅん……ところで、レイリィアル逗留の騎士は戻してはダメかしら?」
「お前が即位してから聞こうとしていたのだが、お前は帰還させたいのだな?」
「ええ! 戦を起こす可能性のある国なのは理解出来るけれど、あんな寒い所に長いこと逗留させているでしょう? あれでは可哀相だわ。それにあの国からジュルツに攻めて来るにはいくつもの山を越えなければならないわ! 今すぐには来ないと思うし、帰還させてもいいのでしょう?」
「……ふむ。王はルフィーナだ。お前に任すとしよう」
「さすがお父様ね! そうと分かれば、王命よ! レイリィアル滞留の騎士を引き上げさせなさい!」
※
「ヴァルティア。体調はどうだ?」
「誰に物を言っている? だが、心配させてすまないなカンラート」
「……あ、あぁ」
「なんだ? どうかしたか?」
「い、いや……」
何があったかは知らぬが、ヴァルキリー同士の戦いからヴァルティアが変わったかもしれぬな。以前ほどの刺々しさは消えたように思える。無意味な戦いでは無かったということか。
「失礼致します! カンラート様、王女様がお呼びでございます」
「ルフィーナが? 分かった、すぐ参る」
「では、私も行くぞ!」
「いや、お前はまだ休んでていい。大した用ではないだろうしな」
「では、大した用事だったらすぐに呼べ! いいな?」
「分かった」
ふむ。やはり、ヴァルティアは以前と変わらぬか。
「カンラート、参りました」
「ご苦労さま、カンラート。くつろいでいいわ。他の者も気を抜いていいわよ」
近衛騎士のセラと従者たちは変わらずに、王女の傍にいるようだな。王女だけが気を抜いているということか。
「なんだ、やはり大したことのない用で俺を呼んだのか? 何事かと思っていたぞ」
「あのね、お兄様にはお伝えしとこうと思ったの」
「何をだ?」
「わたしとお兄様が手痛い目にあった国……レイリィアル。覚えているでしょう?」
「忘れもしないが……そこがどうかしたのか?」
「逗留している騎士たちを帰還させることにしたわ」
「な、なにっ!? あの国が危険だからこその警戒であったはずだぞ? 何故急に帰還させる?」
陛下とは考えが全く違うのは仕方のないことだが、何か考えでもあると言うのか?
「まぁ、いいじゃない! 何とかなるわよ。あ、それと……アスティンとドゥシャン、それにルカニネはもうすぐ帰られるお姉様の為に護衛に付かせることにしたわ。だから城の騎士も数が減ってしまうの。それもあるのよ」
「そういうことか。それにしても、アスティンを傍に置いておきたいお前がすぐに護衛に付かせるとはな。さすが王女といったところか」
「フィアナお姉様がアスティンをご所望なだけよ。だからこそ騎士を早く戻さないと……」
フィアナお姉様もアスティン離れをさせないと駄目なのだわ。アスティンとは言わないけれど、似た感じの騎士がいて独身であれば最高ね。
× × × × ×
「――以上がルフィーナ様の王命でございます」
「分かった」
王女様が即位されてすぐに帰還が決まるとはな。惜しいことだが、団長代理の指揮を執るのも仕舞いか。仕方のないこと。ジュルツに帰ればまた、ただの騎士となって王女を守る……か。
「みなに告ぐ! 騎士ベニートの指揮は近日の内に終える! みな、ジュルツへ帰還ぞ!」
『おおおー!』
それにしても副団長殿とヴァルキリーが羨ましく思えるな。王女と見習い騎士のあいつもそうだが……俺にもそんな相手は現れるのだろうか。長いこと寒い場所にいたせいか、人心地が恋しく感じるな。
「ねえ、カンラート。最近あなた、弱くなったの?」
「な、何を言うか!」
「だって、アスティンの試練ではあっさり負けてしまうし、ヴァルティアにはまるで歯が立たないじゃない。副団長って団長の次に強いのでしょう? 何だかそれが信じられないわ……」
「アスティンは弟分なのだ。だから本気と言えども真の本気を出さずにいただけだ。ヴァルティアは強さの質がそもそも違う。決して、私が弱くなったわけではないのだぞ? 全く、お前は騎士のことを全く理解しておらぬな」
「ふぅん、そうなのね。それじゃあ、アスティンやヴァルティアとも関係の無い騎士相手ならあなたの本気が見られるの?」
「……さぁな」
「何をむくれているの?」
「ええい、そういうことを言うよりもお前は王女としてもっと、動かねばならんのだぞ? 俺の事は気にする必要はないからな」
まぁいいわ。その時には一芝居を打ってもらうか、それが無理なら本気を出してもらう事にするわ。
「カンラート。ルフィーナの用は何だったのだ?」
「大したことは無かった……いや、あった。いやいや、無かったか?」
「はっきりしろ! 何を言われた?」
カンラートめ。上手く隠す器量も無い奴の癖に、隠したがるのは何故なんだ。この辺りだけはどうにも許せぬな。ルフィーナが苛立つのも分かる気がするぞ。
「そのな、長らく逗留していたレイリィアルから多くの騎士が帰還することとなったのだ。アソルゾ陛下の王命で警戒に当たっていた騎士を急に帰還させるなど、訳の分からぬことをする。あの王女……いや、ルフィーナが何を考えているのかが理解出来ぬ」
「何だ、そういうことか。カンラートはあの子に近い騎士であったが、そもそも立場が違うだろう? 我らは王を守る騎士に過ぎぬ。お前が心配せずとも、ルフィーナは王としてしっかりとし出しているではないか。ならば我らは信じるしかないのではないか?」
「む……そ、そうだな。ついつい、我が妹として見てしまっていたようだ。すまぬ、ヴァルティア」
妹……か。妹としてのルフィーナはもう一人の姉の為にどう動くのか、見守らせてもらうぞ。我が妹よ。




