74.蒼穹のヴァルキリー
「ロヴィーサよ。何故、シャンタル・ヴァルティアとの勝負を受けた? 聞けばアスティンのことで王女に詰め寄ったそうではないか。その答えの前に彼女がお前に挑んだわけだが、何故なのだ?」
「ああ、そのことですか。王女……ルフィーナちゃんについては何も怒ることがありませんよ。アスくんは私が彼女に手を上げることを心配しすぎて騒ぎを起こしましたけど。むしろ問題は、ヴァルキリーの彼女にあるからです。アスくんはようやくルフィーナちゃんに想いを注ぐようになりましたが、それまではあのヴァルキリーに夢中だったではありませんか! 漸く、婚礼となってもよほどアスくんへの想いが強いのか、旦那様となる騎士に敵意を表すなど、まるでなってはいませんわ」
「で、では、王女ではなく、お前はシャンタル・ヴァルティアをけしかける為に動いたとでも言うのか?」
「ええ。アスティンのことについてもしっかりとケリをつけたいと思っていますわ」
「……そうか。ならば何も言わん。だが、本気を出すでないぞ? 彼女は婚姻をしたばかり。手負いを負わせては王女が悲しむ」
「いいえ、貴方は何も分かっておりません。ヴァルキリーに半端な力は無用なのです。あなたは騎士たちを抑え、統制してくださいね」
「分かった。好きなようにしていい」
「ありがとうね、アルくん」
「う、うむ」
新旧のヴァルキリーが刃を交える……か。これもまた一つの黎明の刻が訪れるやもしれぬな。
※
「ちょ、ちょっと待ってシャンティ……カンラートがまだ……」
「問答無用だアスティン! アレでは相手にならぬ!! 元々甘い奴だったが、婚姻してさらに腑抜けた奴には本気を出せぬ。ならば、お前の本気を私に示せ! ルフィーナを救いたければ、私に刃向かえ!」
「えええっ?」
「む……アレの無駄口と、お前の手加減でとうに黄昏時となってしまったではないか! 王命と言いながらも、アスティン。お前までもが私に本気を出さずに終わるとはな。失望したぞ!」
「そ、そんなぁ……」
「まぁいい。今のヴァルキリーには勝てぬということを知らしめるまでだ。王女は私が守る!」
ううっ。シャンティと本気で戦うつもりだったのに、カンラートは小言を始めてしまうし、僕には本気と言いながら手加減してくれてたし……。やっぱり、迂闊に相手なんか出来っこないよ。
試練が終わって、シャンティの婚礼があって……いつになったら、落ち着けるんだろう。
※
「……分かりましたわ。では、明日の昼光が陰るまで……蒼穹の下で行なうことで承知したわ。それでは、ジュルツ城の庭でお待ちしておりますわ」
「ルフィーナ。ロヴィーサは何と?」
「遠慮は無用とのことよ」
「分かった。ルフィーナ、私が必ずお前を守るからな!」
「え、ええ」
ヴァルティア……大丈夫かしら。私へのことに関係なく、闘いを望んでいるように思えるわ。ロヴィーサお母さまもアスティンのことでヴァルティアに敵意を出しているみたいだし、何か因縁でもあるのかしら?
どちらにしても、ヴァルキリー同士の戦いが見られるだなんて思っても見なかったわ。どちらが強いのか、見ものね――
ジュルツ城外・庭――
「皆の者、蒼穹の下にお集まりいただいたことに感謝を致しますわ。此度の勝負には、他意も悪意もありませぬ、堂々とした決闘。それゆえ、見届ける者は城の者のみに留まらせて頂くわ。深き森を壁にしたジュルツの庭にて、勝負を致して頂く。近衛騎士たちは壁となり、花たちを守りなさい」
『はっ!』
銀と銀――ヴァルキリーの鎧を身に纏い、彼女たちは対峙した。
「我をけしかけた罪と、我が王女への振る舞いをされたことをこの槍で、身を以って知るがいい!」
「フ……未熟な心のヴァルキリーは、蒼穹の下で這い蹲ることになりますよ。覚悟はよろしくて?」
「錆びたヴァルキリーは、ほざくがいい!」
シャンタル・ヴァルティア、ロヴィーサ・ラケンリース。両名の台詞に、その場の全員が息を殺し、緊張を走らせた。
近衛騎士の壁の中、広大な庭の中央でヴァルキリーは円弧を描くように、互いの出方を探り続けている。
その場にいる者にとって、刻刻と近付く瞬間を息を呑んで見守るしか術はなかった。
常人とも騎士とも違うヴァルキリー同士の一閃が、凍り付いた場を融かす。初動のヴァルティアの槍がロヴィーサを捉える。先端が鋭い槍は、寸での所でロヴィーサの胸元から致命を損ねた音を残して空を切る。
想像の出来ない本気の技と力とスピードは、その場の誰もを虜にする。
「こ、これがお母さんの力……? あんなに優しいお母さんが――」
「むぅ……俺の嫁はやはり恐ろしくも美しき技を繰り出すのだな。やはり逆らってはいけない相手なのだ」
繰り出される衝撃音は、その場の者の耳を劈き続ける。槍同士の鍔迫り合いは、閃光の連続を起こし、時折において目をも眩ます。
「ヴァルティア……どうか無事でいてね」
途方も無く続く衝撃。拮抗する技と力に固唾を呑み続けた。黄金に輝く長い髪を靡かせたヴァルティアが刹那のごとく、ロヴィーサに槍を伸ばす。
「――終わりだ」
ヴァルティアの言葉と同じくして、ヴァルキリーロヴィーサの槍は、ヴァルティアの鳩尾を捉えていた。祈るルフィーナに視線を泳がせながら、その場に崩れ落ちるヴァルティア。
「あぁ……ヴァルティア――」
急転――
優勢にしていたヴァルティアがロヴィーサの元に崩れた。その瞬間、彼女たちの勝負は雄を決したことを意味していた。
× × × × ×
「……んん――」
「ヴァルティアっ!! 気付いたのね……! よ、よかったわ」
「ルフィーナ……私は、負けたのだな」
「ううん、勝ちも負けも関係ないわ……! あなたはわたしのヴァルキリー、そして大事なお姉さまなの。それだけでいいの――」
そ、そうか……我は王女の為に挑んだのだな。惜しいどころか、かすりもしないほど恐ろしくも美しきヴァルキリーだったか。まだまだ我は腕も心も未熟……そういうことなのだな。すまぬ、アスティン、そして、愛しきカンラート……目の前の愛しさをかき消しては、勝てるはずも無かったのだ。すまぬな。
「お、おお……何事もなくて良かったぞ! まったく、婚姻を済ませたばかりで無茶をして心配をかけさせないでくれ。お前に何かあっては、長年の敵がいなくなってしまうようで寂しいではないか」
「……ふ、貴様、エドゥアルトはずっと私の敵だ。ずっと、傍にいろ……それが契りというものだろう」
「お、おぉ」
新旧ヴァルキリー同士の闘いは、拮抗どころか圧倒的な差を見せられて勝負を決した。本来なら戦わなくともよい勝負。それでも、きっとヴァルティアは何かの心を掴んだ……わたしはそう感じた。
これで、わたしもアスティンも……即位後に続いていた落ち着かない日々は、一応の平静を取り戻すことになった。ヴァルティアの回復を待って、再び、わたしとアスティンとの時が動き出す――




