71.お姉さま、ふたり
「フィアナ様、もう間もなくジュルツに入ります」
「ええ、分かったわ」
ルフィーナ……こうして思いがけずに会えるなんて夢にも思ってなかったわ。あなたはどんな素敵な王女様になったのかしら。そして、アスティンくん。あの試練からそんなには経っていないけれど、どんな反応を見せてくれるのか楽しみだわ。ルフィーナ、いい加減に目を覚ましなさいね。あなたの騎士たちが動いてくれているのだから――
「我が名はシャンタル・ヴァルティア。開門せよ!」
「むっ? ヴァルティアか。今、開ける。しかし、こんな朝早くに……ぬっ!? あ、貴女様は――」
「お早うございます。あなたは、もしかしてシャンタルの騎士様?」
「は……、さ、さようにござりまするが、貴女様はフィアナ様であらせられまするか?」
「ええ」
むぅ……なんて気品に満ちた方なのだ。ルフィーナのかつての姉君か。いや、今でも十分に通ずるほどに似てらっしゃるではないか。ヴァルティアとはまた違う感じの姉ではあるが……そうか、そういうことか。
「王女はまだ眠られておいでか?」
「あぁ、さすがにな」
「ど、どうされますか、フィアナ様」
「先にアスティンくんの家に案内して頂いてもよろしいかしら?」
「はい。では、カンラート。お前が案内致せ。私はルフィーナ様の元に向かう」
「わ、分かった。では、フィアナ様。私の馬に……」
「ありがとう、カンラート様」
……こ、これが王女様の癒しの笑顔か。何とお美しいのだ。アスティンが話していた以上ではないか。
ラケンリース家――
「カ、カンラート様? 早朝に何事なのですか?」
「お主はルカニネか。ドゥシャンはどうした?」
「彼は見えないところで眠っていますよ。まぁ、昨日は大変でしたから……」
「さぼりか。全く、仕方ない奴だな。ルカニネ、ここは引き続き頼む」
「お任せください!」
早朝ではあるが、団長殿はすでに目を覚まされているだろう。もちろん、ロヴィーサ様も……。
「フィアナ様、お手を……」
「ありがとう」
「では、参ります」
「早朝に失礼致しまする。私めはカンラートにございまする」
「何事か? 何故、朝早くに……む? そ、そなたは……フィアナ王女様にございまするな?」
「ええ。朝早くに申し訳ございません」
「いえ、今すぐに叩き起こして参ります故、狭き所にございまするが、家中にてお待ち下され」
やはり団長殿も分かっておいでだ。まったく、ルフィーナもアスティンも凄い御方を呼んでしまいおって。
「お早う、カンラート。そして、ようこそフィアナ様」
奥方様もフィアナ様を見ただけで分かっておいでのようだ。
「アスティンとルフィーナ様のことで参られたのですね? 申し訳ございません……」
「いいえ、あの子たちのこともありますが、ここにいるカンラート様と、シャンタル様の祝賀の為でもあるのです。ですから、どうかお気遣いなく」
「ロヴィーサ様。城へはおいでになられますか?」
「……そうですね。たまにはそれもいいですわね。今のヴァルキリーにもお会いしたいですし、ルフィーナ様ともお話をしたいですわ」
今のヴァルキリー? ま、まさかロヴィーサ様が前のヴァルキリーなのか?
「ふふ……カンラート、それ以上は無用ですよ」
「は、はっ!」
ヴァルティアとは比べ物にならぬ……さすが、団長殿の奥方様だ。アスティンの強さも納得できるな。
「ふわぁぁ……あれ? カンラート。どうしてこんな朝早くに……えっ!?」
「うふふっ、アスティンくん、お早う」
「フィアナ様!? え、あれ? ど、どうしてここに……」
もう会うことが無いと思っていたのに、僕の家にフィアナ様がいるなんて。
「アスくん。顔を洗ってすぐに支度をしなさいね。城へ向かって、ルフィーナちゃんの前に行くのですから」
「は、はいっ! 今すぐに」
アスくん……だと!? フィアナ様といい、奥方様といい、ヴァルティアも……アスティンはそういう奴なのか。俺と何が違うのだ。
「カンラート様、あなたにはシャンタルがいるでしょう? 心配要りませんよ」
「お、恐れ入ります」
敵わぬな。
王の間――
「ヴァルティア……? どうしたの?」
「ルフィーナに会いに来られた方がおりますよ。すぐに御着替えを……」
「う、うん。分かったわ」
いつも傍にいるはずのカンラートとセラは今朝に限ってはいなくて、何かが違う気がした。その予感は、思いもよらない出来事を意味していた。
「ルフィーナ」
「アスティン!? あ、会いに来てくれたのね? で、でもどうして急に……え――」
アスティンの姿をすぐに捉えたわたしだったけれど、彼のすぐ後ろに……お姉様のお姿があって、どんな反応をすればいいのか、すぐには出来そうになくて――
「――ルフィーナ」
「フィアナ……お姉様――」
言葉を出すことが出来ず、お姉様に抱き締められながら互いに涙を流した。この場にいる誰もが、言葉を挟むことなく、ただ黙って私とフィアナお姉様との再会を見守っていてくれた。
会えるなんて思っていなかった。あの日のお姉様のお言葉を聞いてから覚悟はしていた。けれども、今まで近くにいて当たり前だったフィアナお姉様が、わたしに別れを言うことなく国を去った。
もう会えない。わたしが王女となっても簡単には会えない……そう心の中で思っていた。それがまさか、こんな形でお姉様と会えるだなんて言葉でなんて表せないわ。
わたしとフィアナお姉様は互いに涙の滴を拭うことなく、ただ流し続けた。
「……落ち着いた?」
「うん」
アスティンの口付けで惚けていたわたしの為に、ヴァルティアやカンラートは尽力してくれていたのね。そして今ここには、会えるはずの無かったフィアナお姉様がいる。わたしは王女としてきちんと向き合わなきゃいけないわ。
「ルフィーナ、アスティンくんの試練は終えたのでしょう? あなたの答えは出ているの?」
「えーと……で、出ているわ! そう! 試練に関係なく出ているわ!!」
「えっ? ルフィーナ、それ本当なの? じゃ、じゃあ……」
「アスティンは見習い騎士よ!」
「ええ!? いや、え? ど、どういうこと?」
「あら? わたし、あなたがまだおじ様と稽古をしていた時に言ったはずよ? あなたは見習いの見習い騎士だって。だから、今回の試練では一つ上がって、見習い騎士に上がったわ! おめでとう、アスティン」
「そ、そんな……それじゃあ、今までと何も変わらないじゃないか~。あ、あんまりだよ、ルフィーナ」
あまりの結果にアスティンはその場で膝を落とし、泣き崩れてしまった。まったく、いたずら王女は素直では無いのだな。我との戦いは棄権をしての勝利だったからな。アレとの戦いは試練として意味がなかった。
「アスティンくん、泣かないで。この子は素直じゃないの。あなたはもう、立派な騎士なのよ? どうか、妹の我儘を許してあげてね」
「ううっ……わ、わがまま?」
ルフィーナの顔を見ると、すぐに顔を背けられてしまった。もしかして、見習い騎士って……?
「ルフィーナ。アスティンくんだけ特別扱いにしときたいのでしょう? 正式な騎士にすると騎士団に入らなければならない。そうなのでしょう?」
「な、なんのことかしらね~?」
そういうことか。騎士団に入ればいかに王女直属と言えども、ずっと傍に居られるわけではない。だが、見習い騎士ということにしておけば、騎士団ではないから王女の傍に居られる……そういうことなのだな。
ふっ……ルフィーナ王女。いや、フィアナ様の妹にして、我が最愛の妹よ。流石だな。
「お姉様とお姉さま。わたしにはお姉さまがふたりもいるのね。なんて幸せなことなのかしら」
「シャンタル? ふふっ、あなたがルフィーナの姉になってくれているのね。ありがとう、シャンタル」
「い、いえ。私などではここまでルフィーナを変えることなど出来なかったのです……」
「そんなことないわ。でも、これで本当に安心したわ。わたしもルフィーナに負けない国にする目標が出来たもの。これで騎士が1人でも傍に居てくれれば嬉しいことなのだけれど……」
フィアナ様が一瞬アスティンを見られたが、まさか?
「えっ? フィアナ様?」
「ふふっ、何でもないわ、アスティンくん」
フィアナ様もアスティンのことを想われていたか。この御方の傍に付く騎士は誰かいないものなのか?
「ルフィーナ、アスティン。そして、フィアナ様。このカンラートは、ここにいるヴァルティアとの婚礼の祝賀を近日中に催すこととした! どうか、お許し願いたい」
「ええ、その為に来たのですわ。是非、祝わせて頂きますわ」
「カンラート……とうとう、覚悟を決めたのね? あなたの敵に負けを認めてしまったのね……」
「違う!!」
「ふふっ、そうではないのね。まぁいいわ」
アスティン……ルフィーナを愛していても、フィアナ様がいてもなお、我とカンラートとのことに笑顔を向けられぬか? 私はお前にどうすればいいのだ……どうすれば――
「アスティン! あなたにはわたししかいないの! だから、おめでたいことに笑顔を見せないでどうするの? それとも、そんなにカンラートが憎いのかしら?」
「な、なにっ!? アスティンは俺のことが嫌いなのか……そ、そうだったのだな。す、すまぬ……」
「ち、違うよーー!! 僕はカンラートが大好きだよ。僕はシャンティが好きだった。だけどもう、違うんだ。この好きはきっと、お姉さんとしての好きなんだ。フィアナ様と同じ好きがシャンティにもあるんだ。だから、すぐに笑顔を向けられなくてごめんなさい」
「ア、アスティン……私も、お前のことを弟だと思っているぞ。だから、弟として好きだ。アスティン」
アスティンてば、フィアナお姉様にも、ヴァルティアお姉さまにも……想われているのね。わたしもお姉様たちに負けないように頑張らなきゃいけないわね。さぁ、明日から忙しくなるわ!




