70.最強の母
「まぁ……どうなされたのですか? あなたはジュルツのヴァルキリー、シャンタル様でしょう? それがなぜ、我が国へ来られたのですか?」
「は。此度の突然な訪問をお許し頂き、光栄にござりまする。フィアナ王女殿下。恐れながら、お願いがございまして、参った次第にござりまする……実は――」
「ふふっ、言わなくても分かるわ。あの子と彼のことなのでしょう?」
さすが、ルフィーナの姉君。ヴァルティアはそんなことを思ってしまった。たとえ血の繋がりがなくとも、よく分かっていると。口上を述べていないにも関わらず、顔色で分かられるフィアナ王女にもやはり何も言えないヴァルティアだった。
「は、左様にござりまする」
久しぶりに来た地図の無い国リーニズ。以前よりは平穏なのか? それに疑問を持ったヴァルティア。果たして王女を不在にしていいものなのかどうか。彼女の思っていたことは、フィアナ王女も思っていた。
「シャンタル、わたくしが不在の時に民は不安がるわ。どうすればいいのかしら?」
「はっ、それについては抜かりありませぬ。ここにいる騎士2名が、貴女様が戻られるまで民を守ります。それでいかがでございましょうか?」
「へっ!? お、俺かい? し、しかもこの嬢ちゃんもか」
「誰が嬢ちゃんですか! 慎みなさい。王女様の御手前ですよ!」
「ふふふっ。あの子の国にはいい騎士ばかりが集まっているのね。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「お、おう……じゃなくて、私めはハヴェルにございます」
「はい、私はテリディアでございます、王女様」
「本当に、ルフィーナ……貴女の騎士が羨ましいわ。大国とそうでない国の違いを気にしても仕方のないことだけれど、あなたの姉だということが今になってお役に立てるだなんてね……これも運命なのかしらね。では、両名にお願いするとしましょう。ハヴェル、テリディア。ふたりでリーニズ国の民を見守って頂きたいわ」
『は!』
「あ、あの、それとは別なことで恐縮になりますが、是非とも我が祝賀に出席して頂きたく――」
「まぁ! あなたと婚姻される騎士がいるのね? その方は幸せ者ね。あなたのその美しさを間近で見られるのですもの。もちろん、出席させて頂くわ。その場にはアスティンくんもいるのでしょう?」
「ええ」
「あなたへの想いは過ぎ去ったのかしら?」
「き、気付いておいででしたか。アスティンはもう、ルフィーナ様しか見えておりませぬ。それ故に……」
「あぁ……それで、ね。しょうのない子たちね。あの日にきちんと話したはずなのに、あの子もアスティンも忘れているのかしらね」
本当にフィアナ様は凄い御方。ルフィーナ王女にして、この王女あり。ヴァルティアはただただ感嘆した。
「では、直ぐにでも出立のご準備をお願い致しまする」
「ええ、分かったわ。それで、このことは陛下や王妃様には?」
「はっ、伝えております。お二方とも、気を付けて参る様に伝えておいででした」
「……分かりました」
繋がりなど関係が無い。ルフィーナ王女の姉として数十年を過ごしたフィアナ。離れていても、その関係や想いは断ち切られるものではない。だからこその涙をフィアナ王女は流していた。
× × × × ×
「ええっ!? ど、どうして城に入れてもらえないんですか? 僕だって騎士の……」
「ならん! お前、アスティンはしばらく王女様に近付けるな、とのお達しだ! 諦めて謹慎しておれ」
「カンラート! 何とかしてよ! 僕の兄貴じゃないかー」
「す、すまぬな。俺は嫁に逆らえぬ」
「そ、そんなぁー」
お母さんから諭されて冷静になったのに、肝心のルフィーナに会えないなんてひどいよ。どうすれば彼女に会えるんだよ。
「アスティン! お前、城門で何してんだ? 中に入らないのか?」
「ドゥシャン? そ、それがその……」
「あぁ、そういうことか。どうせアレだろ? 中でお小言カンラートが意地を張ってんだろ?」
「う、うん」
「しょうがねえな、お前の為に俺が一肌脱いでやろう! 待ってろよ?」
そう言うと、ドゥシャンは城門の裏側に回って、数人の城兵になにかを渡しているみたいだった。
「アスティン! こっちへ来い!」
「え? あ、うん」
「お前、夜は家から出られるか?」
「た、たぶん」
「うし、じゃあ……夜にここに来い。俺が中に入れてやるよ!」
「へ?」
「細かいことは気にすんな! 俺はお前と王女様を離すなんてことはしたくねえだけだ」
「ドゥシャン……ありがとう! じゃ、じゃあ、夜にまた!」
「おうよ!」
王の間――
「はぁ~~アスティン……」
「おい、ルフィーナ! おいったら、おい!」
「カ、カンラート。王女様に何てことを言われるんだ! こ、こちらへおいで下さい」
「な、何だ、セラか。何故邪魔をする? ルフィーナの近衛兵になった途端に、俺へも強い態度になりよって。どうしてこうもこの国の女性は強いんだ。アスティンがやられるのも無理はないではないか」
「カンラートは恋する乙女を間近で見たことが無いからそういう邪険な態度を取るだ! だから、シャンタル様からの扱いが良くならないんだぜ? あんた、それは自覚してんのか?」
「ぐっ……セ、セラ。お前、それを何故……」
「見てれば分かることだぜ? あんた、姫さん……いや、王女様と旅してた時もそんな感じだったらしいじゃねえかよ。もうちっと、乙女の扱いを勉強しなよ」
「ぬぬぬ……」
「それに、カンラート。あんた、もうすぐ婚礼の祝賀じゃないのか? 気持ちがそんなんでいいのかよ」
「はっ!? あ、あぁ……そ、そうであったな」
世話の焼ける騎士しかいねえ。野郎の騎士にロクなのがいねえ。そんなことを呟くセラ。彼女はわたしの傍に仕えてくれる騎士。あなたが居てくれて良かった。
夜になったけど、な、何だろう? 何で今夜に限ってお母さんがずっと起きているんだろう……これじゃあとてもじゃないけど、外に出られないよ。
「アスくん、どうしたの?」
「お、お母さん。えと、その……外の様子が気になっててそれであの……」
「じゃあ、私が見に行ってあげます。アスくんはそこにいなさいね。もし、言うことを聞かない場合は、どうなるか分かるわよね?」
「ひぃっ!! は、はいっっ! います、ここに居続けます!」
む、無理だ。お母さんがとてつもなく怖い。シャンタルよりも怖い気配を感じるよ。
「そこにいる騎士ふたり、ここへ来なさい」
「ははっ! こ、ここに」
「はいっ! おります」
「な、何だ? この気配は……まるでヴァルキリーのそれではないか。アスティンの母君だよな? 団長の奥方でもあるが……まるで隙が無いではないか。むぅ」
「あなたたちは我が息子のアスティンと、我が家を見守っているのでしょう? それなのになぜ、何か良からぬことを考えているのか、聞かせて頂けないかしら?」
「え? わたしは何も思っていません。考えているのは恐らく、この騎士だけです!」
「こ、ここ……この……」
「あなたはアスティンを世話してくれた方ね? 何を……考えているか、お聞かせ願えるかしら」
「は、はい!! すまぬ、アスティン。無理だ。諦めてくれ……今にも俺は突きを喰らってしまいそうなくらいに動けねえ」
「アスくん。今夜はもう遅いわ。もう寝なさいね」
「え、あ……はい。お休みなさい、お母さん」
「うん、お休み。アスくん」
こうして、僕とドゥシャンの企みはあっさりと崩れた。お母さん、何者なんだろうか。




