69.騎士たちの思惑
アスティンの試練から数日が経っていた。王女の心はアスティンのしたことにより、奪われていた。何とかしなければ国は成り立たないと、姉の立場であるシャンタルは思っていた。
何の役にも立たぬカンラートに頼っても仕方がない。そう思った彼女は、あの御方をジュルツにご招待するしか方法が無いと考えた。
名目は、自分自身とカンラートの婚礼の祝いである。ルフィーナが旅立つ日まで姉として接していたあの御方であれば、ふたりを諭してくれるに違いないと悟り、すぐさま行動に移した。
「騎士テリディア、いるか?」
「は、お呼びでしょうか。シャンタル様」
「お前はこれより我と共に、ある国に向かう。騎士ハヴェルも呼び、協力をあおげ」
「はっ! 直ちに出立の準備にかかります」
「カンラート、そしてセラ。お主らは王女を守れ! それとドゥシャン、ルカニネ。お前たちはアスティンの家に向かえ。団長殿とアイツの様子を窺うのだ。よいな?」
『ははっ!』
「ううむ。さすが元は姫だな。ヴァルキリーの行動あなどりがたし。アスティンのことを言っておれぬな。コレも俺の嫁なのだ。太刀打ちできぬではないか……」
シャンタルの的確な指示を聞いたカンラートは、改めて惚れ直しをしていた。そして逆らえないことを知った。
「ルフィーナ? ルフィーナ王女……我の声が聞こえておいでですか?」
「はぁ……」
アスティンに骨抜きにされたルフィーナには、シャンタルの声が届かなかった。「あなたの強さはどこへ行ってしまわれたのか」と、気が気ではないシャンタル。
この時すでに行動を起こしていたシャンタルは、「必ずやあなたを輝ける王女の姿に戻して差し上げる。その心はあいつに向けていて構いませぬ」と王女に語りかけた。
「愛する我が妹、ルフィーナ王女よ」
ルフィーナの頬に口付けをしたシャンタルは、心を固め、その時を待った。
「騎士テリディア、騎士ハヴェル、両名、準備整いましてございまする!」
「分かった。しかし、ハヴェル……貴様、その髭は何とかならぬのか? 他国の王女に見せられるものでは……」
「こ、こればかりは、いかにヴァルキリーの貴女様でも譲れませぬ! そ、それにルフィーナ王女は私の髭をお気に入りされておいででした。で、ですので――」
「まことか? ……そ、それならばそのままでよい」
年長の騎士は頑なである。シャンタル自身もそうであると自分に言い聞かせ、王女への忠誠があれば問題とすることではないと思うしかなかった。
「シャンタル様、馬を……」
「あぁ」
「では行くぞ! 地図の無い国、リーニズへ向かう!!」
「ははっ!」
アスティン家――
「あぁぁぁぁ……僕は何てことをしたんだろうか……み、みんなが見てた試練だったのに、僕はルフィーナしか見えてなかった。そ、そうなんだよ、ルフィーナのことしか見えていなくて、だから……」
「息子よ……いい加減、冷やさぬか! お前の熱さが我が家の温度を上げているではないか。母さんも何か言ってはくれぬか?」
「アスくん。母の目を見なさい」
「お、お母さん。な、なに?」
お母さんが僕の顔を真っ直ぐに見ながら微笑んでいる。優しく微笑みながら……
バシーーーン!!!
「っ!? いっ……たぁーーーー」
「アスくん、いい加減にしなさい!! してしまったことを悔やんでもその事実は変わらないのよ? ルフィーナちゃんは王女様になったのに、あなたのことでずっと心が空っぽになっているらしいわ。アスくんはその責任を取れるの? あなたがそのままでは国は大変なことになり兼ねないわ! どうなの、アスくん!」
いつでも優しいお母さん。父さまが厳しいのに対して、笑顔を絶やさないお母さん。まさか鋭い手つきで、頬を叩いて来るなんて思ってもみなかった。
「いたたたた……ル、ルフィーナがそんなことに? そ、そんな、それはダメだよルフィーナ……」
「分かったでしょう? その意味が……だったら、あなたにはやるべきことがあるのではなくて?」
「う、うん。分かったよ、お母さん。僕、行ってくるよ! あ、ありがとう」
「ロヴィーサよ、さすがだな。さすがアスティンの母親にして、元ヴァルキリーであるな」
「ええ、あの子はとても優しい男の子。それでも、とても危なっかしいわ。今のヴァルキリーにも随分と想いを寄せたのを聞くと、本当にまだまだだと思うわ」
「う、うむ……」
「な、何だ!? アスティンの家から凄まじいほどの音が聞こえて来たぞ? ルカニネ、お前が様子を見て来てくれ」
「はぁ? 誰にそんなこと言ってるんです? あなたが行けばいいでしょ。わたし、様子を窺うだけとしか言われてないですもん」
「こ、この女騎士が……ん? 誰か、出てくるな」
騎士ドゥシャンと女騎士ルカニネで、アスティンの家の近くで様子を窺っていた。家の中でのことまでは調べようがなく、外で見守っていた二人。
家の中から明らかに誰かを叩く音が外にまで聞こえて来た。これほどの音を出すとは、ただ者ではない。ドゥシャンだけはそう思っていた。
「アスティンじゃないですか、あれ」
「おっ! おぉ、確かにアスティンだ。城へ向かっているのか。それならば、城に戻るとするか」
「わたしはここに留まります。ドゥシャンだけアスティンを追いかけたらいいんじゃないですか?」
「な、何を言うか! アスティンと団長のいる家の様子を窺えと言われたのだぞ! それは命令違反ではないのか?」
「だから、あなたがアスティンを見て、わたしが団長と家を守ります。何か間違いでも?」
「ぬぬぬぬ……何て女だ。まぁ、いい。そうすることにしよう。きちんと見守れよ? ルカニネとやら」
「そっちこそ、アスティンを守ってくださいね、ドゥシャン様?」
相性が悪すぎる二人。ヴァルキリーは何故、自分と女騎士を組ませたのか、理解できなかった。
騎士ハヴェルの方がよほどいい。他国の王女に会えるなど、羨ましい。そう愚痴るしかなかったドゥシャンだった。
「シャンタル様、間もなくリーニズ付近でございます」
「分かった。ハヴェル、我とテリディアの後に続け! この辺りは安全とは言えぬ」
「おう、分かったぜ! 嬢ちゃんたちは安心して進みな!」
「……頼むぞ」
アスティンと訪れた以来の訪国に、シャンタルはフィアナ王女のことを心配していた。
「健やかにお過ごしされているだろうか」アスティンの初めの試練を遂げたと同時に、長年の苦しみから解放されたはずの王女。
本来、ルフィーナ王女が自らの意思で訪れるまでは、決して会うことのないフィアナ王女。
シャンタル自身の祝いを名目としながらも、本音はかつての姉君に、何とかして頂きたい。その為に訪れることになってしまった。
シャンタル自身も自分の不甲斐なさを悔いていた。
「我の力だけでは解決出来なかったとは言え、まだまだだな」




