6.アスティンとの別れ
「参りましたわ、お父様」
「うむ。フィアナは、下がってよい」
「はい、では私はこれで……」
本当に信用無いわね。お姉様はわたしが逃げ出さないようにここまで案内して来ただけだなんて。
「それで、何のお話がありますの?」
見ると、お父様の傍には普段は見ない近衛兵が両脇を固めていて、お母様は壁に寄って控え目にしているわね。何だかいつもと様子が違うように思えるのだけど。
「ルフィーナ姫、お前も少しずつではあるがこの国のことを知りたくなった。だから城中を歩き回っていたのだろう?」
「え、ええ。その通りですわ」
探検をしたかっただけで、そんなつもりは微塵も無かったのだけれど。
「ふむ。そういうお前の気持ちを汲み、私はお前を城外の外へ送り出すことにした」
城外の外が何ですって? 外? 庭とか森とかでなくて外?
「これは必要なことなのだ。ルフィーナはいずれ、この国の王となる。故に、この国以外の国を知っておかねば、政治も知らぬ小娘として恥をかくことは目に見えている。ここは父として、国王としてルフィーナ姫に命じる。外の世界を見てきなさい」
「外の……まずはどこへ行けばいいの?」
「まずは隣国の王と会ってきなさい。コホン……会いに行くがよい。そこで外の国を知り、世界を知り、知識を得て来るが良い」
「そこにはわたくし一人だけで?」
「それについては心配ない。直属の騎士を1人付ける。……彼を呼んでくれ」
「はっ」
騎士? あぁ、アスティンかしらね。もしくはアスティンの父君か、その辺よねきっと。
「アソルゾ・ジュルツ国王陛下、騎士カンラート只今参りました」
誰? アスティンよりううん、ずっと大人よね。少しだけ大きいし頼りがいはありそうではあるけれど。
「うむ。これが、我が娘ルフィーナ姫である」
見知らぬ騎士はわたしの前で跪いて、すぐに手の甲にキスをしてきた。
「よろしくお見知りおきを……ルフィーナ姫」
「え……よ、よろしく」
「では、これより我がルフィーナの護衛は騎士カンラートとし、姫が我が城へ戻るまでその命を守り通し、騎士の名に恥じぬ動きと働きを期待するものとする」
「ははっ! 我が君の命により、我が主君ルフィーナ姫は騎士カンラートが守り抜くことを、仰せつかりました」
「え、あの……アスティンは?」
「ん? 彼は見習い騎士だからお前と一緒には行けぬ。そこは理解してはくれないか」
「で、でも、わたしとずっと一緒にいるという約束を……」
「ルフィーナよ、お前もそして彼も成長をしていかねばならぬのだ。会えなくなるわけではない。しばらくの後、この国をお前と彼とで守っていくことになる。それまでの辛抱をするだけだ……」
「ルフィーナ、分かって。陛下はあなたとアスティン、この国のためを思ってのことを仰っているのよ。何もあなたたちを裂くわけではないの」
アスティンと会えなくなるなんてそんなこと……考えもしなかったこと。そんなの、唐突すぎるわ。い、行かなきゃ……今すぐにでも会いに行かなきゃ。
「ルフィーナ、どこへ行くの!?」
こんなのって無いわ! 急にそんなことを言われて納得できるわけないじゃない。
「よい。アスティンもその内、父君に命ぜられるはずだ。運命は変わらぬ……」
※ ※ ※ ※ ※
アスティン、まだわたしの部屋にいるはずよね。急いで部屋に戻り、勢いよく部屋の扉を開けたわたし。
「うわっっ!?」
「あっ」
「いたたた……び、びっくりした~あれ? ルフィーナ? お父さんの話はもういいの?」
「アスティン……」
「へっ? わわわ!? ど、どうしたのルフィーナ? だ、抱きついてくるなんて」
今生の別れでもないし、いなくなるわけでもないのにわたしの部屋でずっと待っていたアスティンの姿を見たら、何だかすごく愛おしくなって彼に抱きつきたくなった。
「アスティン……わたし、あなたのこと好きよ。あなたもわたしのことが好き」
「う、うん。ぼ、僕も好きだよ。ど、どどどどうしたの?」
「アスティンと離れたくないの……」
「うん。僕もルフィーナの傍にずっといるよ」
せめて彼にわたしの何かを残しておきたくて、彼の頬に軽く口を付けた。
「わっ!? え、えええ? い、今何を……ど、どうして」
「アスティン、会えて良かった。わたし、あなたとまた会える日を楽しみにしてるからね」
「な、何だかよく分からないけど、僕も、ルフィーナと会う日が楽しみだから。だから、泣かないで」
「泣かないわ! いい、アスティン! わたしが戻るまで他の女と仲良くしては駄目! 約束してね」
「約束、するよ!」
「いい子ね」
同じ歳の男の子、アスティン。大人になるまで、彼とずっと一緒にいれるものだと思っていたけれど、姫と言う立場とそして、国の王となる日までしばらくおあずけ。
また会えるのは決まっているもの! その時が来たら、またアスティンにいたずらして遊ばなきゃね!
「では、ルフィーナ姫よ。騎士カンラートと共に出立をするがよい」
「はっ、お任せを」
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね。お父様、お母様」
お姉様には会えずじまいだったけど、お姉様とはまたどこかで会えるはずだわ。きっとどこかで。
わたしルフィーナと、騎士カンラートなる者は、国を出て初めて外の国へ出ることになった――