65.ルフィーナ王女とアスティン 2
アスティン……あぁ、やっと直に触れられたわ。背も伸びたのね。声も……だけど、これは直させないと駄目ね。『俺』だなんて、アスティンじゃないもの。いつから変わったのかしらね。
「いいこと、アスティン! あなたはいずれ正当な騎士になるのよ。分かってるのかしら?」
「も、もちろん分かってるよ」
「それなら、それまでに何とかしてもらうことがあるんだからね! いい?」
「う、うん……よく分からないけど、分かったよ、ルフィーナ」
ルフィーナ様。そろそろお城へお戻りくださいませ。
あぁ、即位式の時間が来てしまったわ。やっとアスティンと会えたのに、話し足りないわ。
「ええ、すぐに行くわ」
「ル、ルフィーナ! 俺、キミの為に頑張るから。だから、その時こそは――」
「え? えぇ……ま、またね。アスティン」
最後の方がよく聞こえなかったわ。本番は即位式ではなくて、試練なのよね。アスティン……大丈夫かしら。確かに成長はしていたけれど、試練のことを知らされていないのよね。どうか、許してね。
ジュルツ城――
アソルゾ国王陛下、ビーネア王妃、そしてルフィーナ姫。
騎士アルヴォネン、騎士カンラート、騎士ハヴェル、騎士ドゥシャン、ヴァルキリーシャンタル、セラフィマが王の傍を固めている。両側の壁には規律正しく整列する騎士たちで、王の間は粛々としていた。
俺は見習い騎士だから、そこには立てなかった。ただそれも、試練を遂げれば彼女の傍に立つことが出来るかもしれないんだ。この即位で俺の彼女はいよいよ王女になるんだ。
「我、アソルゾ・ジュルツは此れより退位し、……今日この時より、我が王妃の嫡女であるルフィーナ・ジュルツが我に代わり、ジュルツ王女として国を継承致すものである」
「わたくし、ルフィーナ・ジュルツは此れより、ジュルツ王女として国に繁栄と平和をもたらすものとしてその名に誓い、此れを興すものである」
国王陛下は王の証を王女に手渡し、王女もまたこれを受け取った。
「我が国は騎士の国。わたくしに忠誠と忠節を誓う騎士たち。その心に偽るものが無いのであらば、胸に手を置き、誓いを立てるのです!」
『ははっ!』
王の間にいる全ての騎士が王女に対し、誓いを立てた。傍を固める近衛騎士は、王女の手の甲に口付けを落とした。
あぁ、ルフィーナ……王女になったんだ。俺も、俺も必ず遂げて見せる。だから、待っててルフィーナ。
ジュルツ城下――
即位式を終えると、王女を乗せた馬車で街を練り歩く。騎士たちはそれぞれ馬に乗り、胸を張って、王女を守っている。民の誰もがルフィーナ王女の即位を祝い、笑顔を見せていた。
これがルフィーナの魅力なんだ。この国と、ルフィーナを俺が……守っていくんだ。
「はぁ~~~疲れるわね。堅苦しいのは本当に面倒ね」
「ふふっ、ルフィーナは相変わらずなのね。それでも、さすがね。立派だったわ!」
「ヴァルティアお姉さまにそう言って頂けるなら、合格なのね?」
「ええ、勿論よ。騎士たちはあなたに忠誠を誓ったのよ。王女はこれから忙しくなると思うけれど、私もアレも、そしてアスティンもあなたを守るわ。だから、私たちもアスティンへ気持ちを見せましょ」
「そうね。アスティンの試練……それ次第では……」
「大丈夫。信じて!」
「お姉さま……そうね、彼ならきっと遂げてくれるわ!」
「アスティン。覚悟は定まったか?」
「カンラート! う、うん……だって、もう後は俺の試練だけだから。何が来ても、俺はやれるよ!」
「そうか。では、俺は一足先に向かうとしよう」
「え、カンラートはどこかで見学してくれるんだよね? その、シャンタルも一緒に……」
「……あぁ。お前のすぐ近くにいるだろうな。だからアスティン。気を入れとけよ?」
「気を……? う、うん。分かった、カンラートまた後でね!」
「アスティン、すまぬな。俺もシャンタルも、本気で行かせてもらうぞ。それに耐えうる鍛錬を積んできたお前にならきっと遂げられるはずだ。だから許してくれ、アスティン……」
ラケンリース家――
「アスティンよ。いよいよだな。お前の強さはすでに騎士団の中では一、二を争う程のものとなっている。だが、騎士の強さは剣や盾のみに非ず。何度も言っているが……」
「心……ですよね、父様」
「うむ。そうだ、アスティン。それが分かっているのなら、父は何も言わぬ。信じているぞ。お前が正当な騎士の資格を得られることをな!」
「はい! 行ってきます!」
「試練を終えたら、改めて母さんとお前とで王女に挨拶に行くとしよう」
「は、はいっ!」
「アスティン。我が息子よ。試練の内容はお前だけが知らぬこと。だが、心を知っているのであれば、きっと上手く行くはずだ。父はお前を信じているぞ。アスティン、我が誇り高き息子よ――」
ジュルツ城・大広間――
「ではこれより、見習い騎士アスティン・ラケンリースの最終試練を開始致す」
い、いよいよだ。どんな試練でも俺は大丈夫! 必ず遂げてみせる。ルフィーナ。俺、必ずキミの傍に行くから、そこで見ていてね! 彼女には、俺が傍にいなければ駄目なんだ! やってやる、やるぞー!
ジュルツ城の大広間は、天井が高く、多くの兵士や騎士が立ち見をしても問題のないくらい広い。俺の試練を見に来ているんだろうけど、やはり、シャンタルも注目を浴びているみたいだ。
シャンタルの騎士鎧は銀色に輝いていてすごく綺麗だ。ルフィーナの傍らにいて、俺のことを見ている。そしてカンラートはシャンタルの隣に立っているけど、俺はもう吹っ切れたから気にならない。
それよりも、ルフィーナを正面から見つめると、あぁ……やっぱり綺麗になったなぁ。綺麗だし可愛いなぁ。みんなが魅了されるのは分かるなぁ。彼女が俺の婚約者だなんて、なんか申し訳ない気がするよ。
試練の時間が来てそして――
「アスティン、気合い十分のようだが……そ、その盾はあれか? 俺の気を削ぐつもりなのか? くっ……ははははっ! 随分と可愛いではないか!」
「えっ? カンラートが相手? いや、その前に俺の盾が何?」
カンラートが笑っているということは、盾の前面に何かが書かれているってことだよね。恐る恐る見てみると、ペンか何かで色濃く文字が書かれていた。
「僕はアスティン。ルフィーナちゃん大好き……って、な、なんだこれ? 昨日はこんなこと書いてなかったのに!?」
ま、まさか、寝てる時にいたずらをされた? し、しかも消えないじゃないか~~! ル、ルフィーナ……キミはやっぱり全然変わってないじゃないかーー! うぅっ……これでやるしかないのか。
ルフィーナを見ると凄い嬉しそうにしていて、傍のシャンタルもクスクスと笑っていた。恥ずかしいけど、ふたりとも笑顔になれたしこれはこれでいいのかな……と、とにかく気合い入れないと――




