60.アスティンの修行:【心】
宿舎に戻ると、俺を出迎えてくれたのは兄のような存在の3人だった。受け止めなきゃいけないんだ。試練を受けるには、きっとまだ俺の力が足りないんだ。だから指導をしてくれる。そう思うしかないんだ。
「よぉし、アスティン。最初は誰から指導を受けたいか言ってみろ! 言っとくが、俺たちは騎士団の中でも優しい方なんだからな? お前のことを嫌いな奴は団の中にはいないが、好ましく思わない奴もいる。だが、俺らはお前を見込んでいる。そういうわけだから、選ばれた。さぁ、選べ!」
騎士にもそれぞれ個性があるんだよな。だけど、直接戦ってる所を見た訳じゃないし、どんな感じで教えてくれるのかも分からない。しかも一日置きで変わるなんて、コツとか忘れてしまいそうだよ。
「え、えっと……じゃあ、カンラートで」
何となくイメージが湧きやすいし、話もしたいからカンラートが1人目の方がいいよな。
「よし、じゃあハヴェルが2人目、俺、ドゥシャンが3人目になってやるぞ。ははははっ! 楽しみだな」
「では、アスティン。このカンラートが最初に指導をしてやろう。剣と盾は置いていけ。今は使わぬ。準備が出来たら、外門へ来い。そこで待つ」
「う、うん。すぐに向かうよ」
外門と言えば、シャンティと馬車での出来事があったなぁ。シャンティ……。
「アスティン、外に出たら気を付けろよ? 俺もドゥシャンも、カンラートも甘くねえからな」
「分かったよ! ありがとーハヴェル」
外に出たら気を付けろ、かぁ。それって、何の事なんだろ。体力的なことなら鍛えられたし、問題ないと思うんだけどな。
「なぁ、ハヴェル……アスティンのことだが、やはりあいつは変わってなかったな。言葉以外って意味だが」
「俺もそう思った。子供の頃のまま……優しいままだ。団長殿もお辛いだろうが、厳しくするのは心が痛いものだな。王女の騎士とはそこまで求められるものなのか。不本意だがすまないな、アスティン……」
ジュルツ外門――
「アスティン、着きました!」
「遅いぞ! 早く参れ!!」
「は、はい」
この感じだと久しぶりなのに話が出来そうにないや。宿舎でなら話が出来るよね、カンラート。
「貴様、ここで以前にやったことを話せ!」
「あ、シャンタルとですよね? それなら……」
「シャンタル? ヴァルキリーに向かってその呼び方は何だ? 失礼過ぎるぞ!!」
「え、あ……申し訳ありません」
カンラートも普段の優しい兄を捨てて厳しくするしかなかった。
「では、まずやることは人助けだ。今回やることは、旅の者の荷を持つことだ。それでは行け!」
「はっ!」
俺は通行証を手にした旅の方に近付き、声をかけようとした。だけど、騎士の姿の俺に抵抗があるのか、簡単には言葉を聞いてくれなかった。騎士は普段、王の近くにいるけど民の傍に寄ることがない。だからなのかな。
結局、誰一人として俺に荷を預けてくれる人はいなかった。仕方なくカンラートに報告をしに行く。
「……申し訳ありません」
「貴様、なめてるのか? 出来ないから戻って来たのだろうが、1人以上の手助けをするまで宿舎に帰ることを許さぬ。早く外門へ戻れ!」
「え、で、でも……もう旅の方は来ないくらいに暗くなってきました」
「聞こえなかったか? 1人でもいいから手助けをして、心を学べ! 早く行け!!」
「は、はい」
外はすっかりと、暗くなっていた。さすがに、夜に国内に入って来る人はいないに等しい。だけど、そんな中でも俺は誰か1人の手助けをしなければ、宿舎にも帰れず寝ることも出来ない。確かにこれは厳しいかもしれない。
数時間が経って、夜もかなり更けた頃……物資を運ぶ荷車が数台ほど続いてきた。たぶん、これが最後なのかと思って、手助けを申し出た。どうやら酒場へ運ぶ為の、お酒や肉を運ぶらしくて人手が欲しかったみたいだった。ようやく俺は荷を運ぶ手助けをすることが出来た。
そうは言っても、最後までやらなければ助けとはならない。門を抜けて、ジュルツの城下町に入ると今まで、夜の通りを見たことが無い俺の目に、とても明るく賑やかな光景が飛び込んできた。
ここが俺の住む国。ルフィーナの国なんだ。ここで騎士として仕えることはすごいことなんだ。
「本当に助かりました。騎士様、ありがとうございました」
「あ、いえ……」
店の主人にお礼を言われ、ホッとしていた俺。気付けば、カンラートがすぐ後ろで俺を見ていて、その表情は柔らかく見えた。
「よくやった! アスティン。夜の光景を見るのは初めてか?」
「はい」
「いいものだろう? 我らの国だけではなく、他国においても人と人が交じり合うことで、国は成り立っているのだ。お前にはその心を見て欲しかったのだ。それを少しでも感じられたのなら、今日の修行はこれで終了とする」
「は、はいっ」
「では戻ろう」
はぁ~~……長かった。ずっと外に居続けるのも辛いけど、誰とも会話が出来ないのが一番、辛いよ。それにしても、試練って一体何をするんだろう。この修行では剣や盾は使わないのかな? それとも?
× × × × ×
「セラ。もう一人の方はどうしたの?」
「ユディタのことですね? 彼女もアスティンの近くで指導しておりました。ですがあろうことか、とある国の王子に心を寄せてしまいまして。現在は、任を外れております」
「心を寄せてそのままそこに……そうなのね。それもいいわよね……わたしもそれが出来ればどんなに――」
「ルフィーナ様……」
涙も流さず弱音も吐かない。アスティンに会うことを今か今かと耐えているルフィーナの姿は、輝きを失わない王女そのものだった。王女に見惚れるセラ。
アスティンの試練、その事実を知って彼女はどう思われるのか。セラはそれだけが気がかりだった。
「ほらっ、セラ! また言葉が戻っているわ! あなたらしく話をして欲しいわ。からかい甲斐のあるカンラートが帰ってしまったのだもの。セラとは面白おかしく旅をしたいわ!」
「お、おう! よっしゃー! 次の国まであと3日だ。ルフィーナ、行くぜ!!」
「ええ、その意気よ! 最後まで面倒かけるけど、よろしくお願いね、セラ」
「任せとけ!」
この御方なら何の心配もいらない。ルフィーナ王女だからこそ、自分も騎士たちも付き従いたい。彼女は意気込みながら、改めて忠誠を誓っていた。




